思い出し旅行記 ママンとアンコールワット 準備編 その1
ポルトガルのロカ岬から釜山まで陸路南回りで行く途上、あまり旅慣れているとは
言えない家族を連れて行ける場所はそれほど多いわけではありません。
その数少ない場所でも、連れて行けそうな場所の一つがアンコール・ワットです。

本当は、コドモをおふくろに見てもらってはにぃと二人で行こうと誘ったのですが
はにぃはコドモを置いて行くのはイヤだと言うので、ならばとおふくろを
誘ったところ、はにぃもおふくろも二つ返事で了承してもらえました。
アンコール・ワットは生前父上が行ってみたいと言っていた場所でもあり、
妹からそのために還暦祝いとしてたんまりとJTB旅行券を貰っているようです。

もちろん、自分の分は自分のサイフから支払います。
おや?丁度いい具合に旅費っぽいものがどこからともなく振り込まれているぞ...
まあお金に色はついていないので、気にしないことにします。

おふくろが一緒なので、いつものような貧乏旅行をするわけには行きませんとゆーか
いつもはツインルームのシングルユースとゆーとても勿体無い旅行スタイルなのですが
今回はいつもと同じ予算でも、ワケなしのホテルに泊まれると言う目論見です。

ちなみに、表題は「ママンと~」となっていますが、もちろんオリゼー君も一緒ですw

→ 行き先
表題にある通りアンコールワットが主目的です。
行きはサイゴンからヒコーキで、帰りはプノンペンに寄って陸路で戻ります。
サイゴンへは前回同様チャイナエアラインを使用します。
ヴェトナムへ行くなら直行便より時間が良いのに、なんでこんなに安いのだろう?
2万円台で往復できるとか、どー考えても国内より安いですw
やっぱり墜落するからかなぁ。

→ もちもの
 ▼ 今回特に忘れてはいけないもの
  ・ディート剤:虫除けです。
  ・ビーチサンダル:ちょっとした街歩きにも。
  ・水着:プールのあるホテルに泊まる。予定。
  ・懐中電灯:デカいのは持って行きません。小さいのを二つ。

→ 保険
今回も損保ジャパンで。健康とはいえ、としよりがいるので。

→ 航空券
今回はおふくろがJTB旅行券を消費しなければいけない関係上、JTBで買いました。
なぜかPEXなので、どこで買っても同じとゆー感じです。

→ ホテル
ネットでもリアルでも、いろいろエージェント通すより泊まりたいホテルに
直接予約入れるほうが安くて良いホテルに泊まれるよーです。

▼ 宿泊予定先
 ・シェムリ:最近ネットで知り合ったお友達から教えてもらった
  リラックス リゾート アンコール ゲストハウス と同じ運営先の
  アンタヌー・アンコール・ヴィラ にする予定。
 ・プノンペン:市内の適当なプチホテルを予約済み。
 ・サイゴン:川沿いの適当なホテルを予約済み。

→ ヴィザ
カンボジアってば e-visa 運営してるだなんてマジ先進国w
まあ、本当は日本人様はノーヴィザでお願いしたいところなんですが。
ヴェトナムは陸路でもヴィザ要らないようです。


続きはあんまり関係ないアフィリになっています。


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【2010/10/30】 ママンとアンコール | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
思い出し旅行記 ママンとアンコールワット 準備編 その2
まあ、今回は世界的観光地アンコール・ワットだから手配とか楽勝でしょw
とか思っていたんですが、結構現実は違ったりしたのでその2を書きました。

→ 行き先
アンコール・ワットは変わらないんですが、サイゴンの単純往復ではなく
行き:バンコク/帰り:サイゴンとなり、なんと4カ国周遊の旅となりましたw

→ 航空券
JTBで買ったサイゴン往復は、連絡後すぐに同じ値段のバンコクIN/サイゴンOUTの
オープンジョーに、無料で代えてくれました。このへんはさすが JTB。

問題はシェムリアプに行く航空券で、最初はネットで調べて最安値の
サイゴン→シェムリアプの片道 130$ ってのを手配しようと思ったのですが...
ヴェトナム航空のHPで空席状況を確認すると
1ヶ月近く前なのに当日はパーフェクトで満席です。1日5便もあるのに!
まあ、HPで売ってるのと代理店で売ってるのは予約クラス違うしと思い
代理店にメールを送ってみるも...

31日に問い合わせて、満席の回答が3日に来るとゆー遅さ。
お前さんのところは日系じゃないのかよ?と言いたくなります。

結局、保険と思い手配を頼んだプログラムDで、今回も買うことになりました。
こちらはメールしてから2時間ぐらいで予約完了のメールまで飛んでくる仕事の速さw
しかし、サービスは上等だが値段もその分上等なバンコク・エアウェイズで行くことに
なったので、ちょっと予算がオーヴァーしてしまいましたが、一度は評判の
バンコク・エアウェイズにも乗ってみたかったのでこれでよしとしました。
ちなみにプログラムDで買ってもバンコク・エアウェイズのHPで買っても
値段は変わりませんでした。

ちなみにバンコク・エアウェイズもバンコクから1日5便飛ばしていますが、
全便空きがありました。

→ 保険
前回、
今回も損保ジャパンで。
と書いておきながら、結局契約したのは三井住友でした。
理由は、損保ジャパンの方が保険料は高いのに、保障内容が少なかったです。

そして家族二人以上で行く場合は家族特約とすることで、一人当たりの保険料が
ぐっと抑えられ、同行者の付き添い費用なんかもカバーされます。
保障内容のカスタマイズは、両社ともできませんでした。

→ ヴィザ
日本語が使えるので特に説明なしでも e-visa 取れると思いますが。
写真は正方形のものを用意したほうがいいですw

ひでのふは、少々縦長の写真を送ってしまったためデヴがよりデヴに...

また、ヴィザは2枚印刷して持って行けと書いてあります。

→ 国際バス
実は SORYA TRANSPORT はオンライン予約が可能ですw
実際オンライン予約を試してみたところ、
単にHPから担当者へメールを送るだけの仕組みでした。
3日後ぐらいに帰ってきた予約票には、ぜんぜん違う日付が書かれていたので
絶賛クレーム中なのですが、音沙汰ありませんw
訂正されなかったら豪華と評判の Mekong Express Bus にしようかなあと。

追記:後日、日付と時間が正しい予約票が送られてきましたが
今度は値段が一人5$になっとる...なんでだ?

ネットで評判の悪い G.S.T は、自社HPすら見つけることができませんでした。

【2010/11/14】 ママンとアンコール | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
思い出し旅行記 ママンとアンコールワット 11/27 1日に3回もヒコーキに乗るの巻
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朝は5時起きで南太田駅へ。成田空港へ行くのに横浜で1回乗り換えればいいのは
ラクだが、600形なのにロングシートとはがっかりだ。まあそれでも人形町あたりで
かぶりつきに移動できたのはよしとしよう。通路を挟んだ反対側に嫌な咳をしていた
客が居たが、そこにどーみてもこれからご出勤のCAが座って化粧をしている。
へんな病気が移らなければいいが。

アクセス特急が新柴又の駅を過ぎて川を渡ると、ぐっとローカルな田園風景が広がる。
アクセス特急は印旛日本医大まで110km/hでしか出さなかったが、そこから先は
明らかに路盤が代わり120km/hでかっ飛ばすようになる。しかし、成田湯川で6分も
待たされ、新型スカイライナーに抜かれる。まあ一番安いからしかたがないか。

2ビルで降りてCIのカウンターへ向かう。今回はビジネスクラスなので
つらつらと長い列に並ばされる貧乏人共を尻目にサクッとチェックインする。
ママンは横入りしたこと自体に気が付いていないようだ。
登場時間にはまだ少しあるので、ひでのふはママンをエスコートして
「ここで少し休んで行こう」と言ってラウンジへ。
如何にも貧乏人立入禁止な雰囲気を漂わせるラウンジ入口に、ママンはビビッて
ここ高いんじゃないの?」とひでのふにつぶやくが気にせず入る。

連れてこられたネコのようにぎこちないママンと一緒に優雅な朝食を頂く。
「ここはタダだから心配するな」と言って少しは緊張も解れたようではある。
ひでのふは調子に乗ってワインまで飲む。

ラウンジ近くの免税店をひやかした後で、搭乗時間ちょっと前に搭乗口に向かう。
もちろん優先搭乗で機内へ。B747の2階席は窓の位置が低くて外が見づらい。
コドモなら丁度いいくらいかなあ。でもやっぱり席は広くて十分快適。
大体新幹線のグリーン車並みのアコモデーションだ。
ヒコーキが離陸して、しばらくしてから窓から見えたランドマークタワーと富士山に
ママンはいたく感動してくれたようでよかった。日系便だと富士山にさしかかると
機内アナウンスがあるものだが中華航空でそれは無かった。

昼飯はママンが和食でひでのふが洋食の牛を事前にインターネットで手配。
ママンの和食はなかなかお上品な内容。お年を召した方でも喜んで頂けそうだ。
洋食は前菜とデザートは完璧な内容だが、やっぱりメインはどうしても機上調理の
制限からか、エコノミーの内容をそのまま出してくるような感じ。
それでもビジネスの食事は陶器の器でサーブされるのがいいねぇ。
ひでのふはシャンパンと赤ワインを一緒に頼んで頂く。

台北空港は2度目だがちょっと迷う。まあ前回もちょっと迷った覚えがあるが。
ママンは色々と愚痴っているが気にしないで探す。
なんとかラウンジを見けて飲み物1杯とアメちゃん貰って急いで搭乗口へ。
バンコク行きも当然優先搭乗だったが、赤ん坊連れが最優先だった。

そしてまた機内食。ママンは中華でひでのふは洋食。前菜とデザートは両方同じ。
ママンの中華の肉団子はなかなかのボリューム。ママンは少し残していた。
ひでのふは洋食と言ってもメインの肉は八角風に煮込まれているので、中華だ。
でもなぜかパンが妙にうまい。

スワンナプーム空港の入国審査にはいつものように長い行列ができていた。
入国したときはすでに到着から1時間が経過していた。まずはシェムリアップ行きの
バンコクエアウェイズにチェックイン。こちらはスムーズ。それからいつもの空港1F
にある食堂で軽く飯。ここで溜りに溜まったバーツの小銭を消費して、食券売りの
お姉さんに軽く嫌な顔をされる。ママンはおかゆっぽいものを頼んで50B。
意外と高い。ひでのふはご飯におかずを2つ盛った定食で45B。ついでに水7B。
カレーは大して辛くなかったのに一緒に頼んだ空心菜の炒め物が無茶苦茶辛くて軽く
死ねた。隣のコンヴィニで恒例の謎乳酸菌8Bとママンがホールズ8Bを買っていた。

出国審査もこれまた大行列で焦る。ひでのふ一行が仕方なく並んでいると、後から来て
軽く横入りして通り抜けて行った白人カポーが居て非常にハラが立つ。我々も運の良い
ことに、隣のブースが新しく開いたのでそこに一番で滑り込む。ママンがこないなと
思っていたら、なんと窓口のお役人を急かしたらしい。余計遅くなるのに。
残念ながらバンコクエアウェイズご自慢のラウンジを満喫する余裕はなかった。

ヒコーキに乗ったらあの横入り白人カポーが居てビックリ。カップルかと思ったが
一人はおっさんじゃなくて女の人で二度ビックリ。
ママンはそんな田舎者連中に鶴を折ってくれてやったらしい。お人よしも度が過ぎる。
シェムリアップ行きのヒコーキではコールドミールの機内食が出た。
どーゆー訳かマンゴーがおいしくない。ママンはまた残していた。

シェムリアップ空港は回りに何も光が無いなかポツンと空港施設があるので、
虫の集り方が半端じゃなかった。シェムリアップのイミグレはアライバルビザを
取ろうとする人はほとんどいなかった。大半が e-visa 利用のようでみんなさっさと
抜けていく。空港利用料はやっぱり取られなかった。
ちなみに利用しなかったが空港にある銀行の両替レートはかなり極悪である。
税関は当然のように鬼スルー。てゆーかそもそも係官が居ない
税関ブースの手前では日本人団体客が真面目に税関審査書類の書き方レクチャーを
受けていた。空港出口では無事迎えのトゥクトゥクと落ち合うことができた。
空港を出ると、カンヴォジアの香りの洗礼に早速ママンが死にそうになっている。
ひでのふは「ここの人が大丈夫なんだから気にする必要ないって」と言うも、
現地人は無知なのよう!」とさらりとママンは酷い事を言うw

ホテルに到着してチェックイン。夜少し遅かったが色々世話を焼いてもらえる。
9万円分をホテルで両替したら、1万円当たり112$となり、これなら日本で両替
してきたほうが良かったレートでしか替えてもらえなかった。
とりあえず明日分の観光ツアーの約束と、朝飯の内容を伝えてから部屋に入る。
ママンは冷蔵庫にあったペットボトルの水大1本2$と小1本1$を躊躇無く
開けていた。


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【2010/12/11】 ママンとアンコール | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
思い出し旅行記 ママンとアンコールワット 11/28 隠しクエストをこなすの巻
夜はなぜか二人ともなかなか寝付けなかったのだが、朝6時半に隣からスピーカーで
大音響のお経のようなものが響き渡る。そして寝不足には拍車がかかる。
それでも朝8時には起きて部屋の前のテラスで食事。メニューはアジア風ってことで
豚焼きとカットフルーツとサラダ。まあまあ。ただ、ひでのふ好みの濃いコーヒーが
ポットたっぷりに入っているのがうれしい。目の前のプールでは白人が朝っぱらから
泳いでいる。

ツアーに出かける準備をする前に、ママンが「マスクがない!」と大騒ぎをしている。
まあ、昨日の悪夢がよみがえって必死になっているのだろう。幸い見つかった。
9時から早速ツアーに出かける。
ツアーの一番最初にチェックポイントで写真を撮って、3日分の遺跡への入場券を
作ってもらう。一人40$は高い高いとビサールに文句を言ったが、観光地としての
遺跡整備の状況からは決して高くないことをこの後何度も感じることになる。

まずはアンコールトムの南大門へ。ガイドのビサールは乳海攪拌等次から次へと説明を
してくれ、よく勉強していることを伺わせる。しかしひでのふは昨日の空心菜の
炒め物がガッツリ菊穴を苛ませていて割りとそれどころではなかった。
遺跡の石にはところどころ穴が開いており、ひでのふはてっきり内戦の傷跡だと思って
いたのだが、実は石を運ぶときに開けた穴なんだそうだ。
アンコールトムを囲む壕では、近所の農民が壕に生えているホテイ草を勝手に採取
している。なんでも家畜のエサにするらしい。世界遺産で家畜のエサを取る
おおらかさがとてもカンヴォジアらしくて良い感じだ。
南大門をくぐると早速サルが歓迎してくれる。
結局遺跡の中でサルが住まうのはこの一角だけであった。

次はまたトゥクトゥクにのってバイヨンへ。菊穴はピークを迎えていたがどうにか
持ちこたえた。観光客が象に乗ってバイヨンを一周しているのは楽しそうだ。
バイヨンの壁に彫られたレリーフは、当時の生活も偲ばせる物もあり緻密で興味深い。
遺跡の中ではアプサラダンスの一行が観光客と一緒に写真を撮ってチップを
せしめていた。
さらに歩いてバプーオンへ。この日は日曜なので中には入れず。
裏手に回りバプーオンの涅槃仏を見る。デカいがまだまだ修復途上もいいところだ。
奥にある王宮跡には入らなかった。バプーオンの空中参道脇の池で、何かを獲っている
兄貴達が居たが、一体何を獲っていたのだろうか?
そして象のテラスを横目に駐車場へ向かう。おじぎ草が雑草として普通に生えている。
日本人パッカーの姉ちゃんが子供の物売りに捕まってなんか買わされていた。
ひでのふは何度かの旅のお陰で物売りに対するスルー能力が備わってきているのだが、
ママンがいちいち捕まるのでうっとうしいったらありゃしない。
運転手が待つ駐車場ではカエルの串焼きが売られていた。
あんまりおいしそうじゃないので買わなかった。

次はタ・ケウへ。その前にトイレへ。遺跡のチケットを持っていると無料で使える
トイレが遺跡から遺跡への途中に設けられていて、先進国民でも十分リラックスして
使える清潔さを保っているのはとてもありがたいと思った。

タ・ケウは遺跡の一番上に行かれると言うので、ママンとビサールを下に置き、
ひでのふだけで行く。最初は大したことないと思っていたのだが、
本来開かないはずの飾り扉が開き、中に一歩入った途端、
飾り扉は音を立てて閉まってしまい外に出られなくなってしまった。
もちろん明かりも何も無く、大きな声を出してみると遺跡のサイズに見合わない
エコーが掛かる。外からは音に対する反応も無い。
暗くて何も見えないのでは話にならないので、ケータイのディスプレイをライト代わり
にして先に進む。ひどく入り組んだ緻密な迷路だったが、しばらく歩くとちょっと
開けた場所に出た。途中何度か野犬やなんだか得体の知れないものに襲われたが、
カメラのフラッシュを炊いたり、落ちていた棒切れを振り回したりして何とか凌いだ。

開けた場所に出た途端、辺りに警報のような音が鳴り響き、周りからガチャガチャと
金属が当たる音がいくつも聞こえてきた。ガチャガチャ音が一旦止み、もう一度同じ
音が聞こえたときには明らかにこちらに向かっているのを理解した。
ケータイを向けて見ると、槍と長盾で武装し、髪をひっつめにした沢山の男達が
整然とこちらに向かっているのが見えた。

これは、捕まったら絶対殺される!と思い全速力で
左にフェイントをかけると...突然のひでのふの動きに追従できず、
彼らはお互いぶつかり合って隊列を崩した。
そして一旦ひでのふを追いかけるのを止め隊列を整え始めた。
もちろん隊列が整えば猛然とひでのふを追いかけてくるのだが、また捕まる寸前で
フェイントをかけて隊列を崩すことを繰り返した。
しばらく逃げ続け、ようやく大き目の体育館ぐらいのサイズであることを突き止め、
一箇所だけ石造りの階段があったのでそこを登ってみることにした。
かなり急な階段だったので、落ちないようにと前かがみになって石段に手をつくと
火傷しそうなぐらい熱せられていた。

何段か石段を登ると、ひっつめ髪の兵隊達は追いかけてこなかったのが救いだが
石段は登っても登っても上が見えない。かと言って疲れて石段に腰掛けると
ものの数秒で熱くて座っていられなくなってしまう。
とはいえ、戻っても出口はないだろうし、その前に今度こそひっつめ髪の兵隊に
止めを刺されるはずだ。
ちょっと後ろにそっくり返ったら、確実に死ねる高さにはいたと思う。
進むも地獄、戻るも地獄の中で泣きそうになりながら一歩一歩に石段を登ると
ようやく先の方に光が見えてきた。
出口に出ると、光の中になんか偉そうなお坊さん見たいなのがいるのがわかった。
何かをひでのふに語りかけているようだが、言葉が判らないのでうんうん頷くだけ。
とりあえず殺されそうも無いことと、これで大丈夫なんだってことは判った。
左手に何か付けているようだが、もう抵抗する気力はおろか、それが何であるか
確認する気力すら残っておらず、その場に倒れこんでしまった。

起き上がると、タ・ケウの一番頂上に居た。
ひどく疲れていたはずなのに、思ったほど疲れはなかった。
何時間もさまよっていたので、ママンやビザールはさぞ心配したことと思ったが
まだほんの15分ぐらいしか経っていないと言っている。
なんか狐につままれたような感じだが、黄色と赤の紐で作られた勇者の証
今でも左手に残されている。
ママンは待っている間、ビサールに「あの男の人との関係は?」とか聞かれていた
ようだ。

次はタ・プロームへ。なんかまだまだ遺跡の修復途上なのか機械の音がどこでも
うるさいなあと思っていたら、セミの声だった。
駐車場からタ・プロームへ向かう間の参道には松明の木が生えていた。
ママンはカンヴォジアの植生に随分と興味を示している。
タ・プロームは、遺跡修復ではなく現状維持を重点に置いているようだ。
アンコール遺跡の破壊は、主に植物によって為されているのだが、タ・プロームは
その植物とのコラボレーションが観賞のポイントなので、そうしているのだろう。
ここも遺跡は凄いのだが、ずっと上ばかり見ているので首が痛くなってきた。
そして椅子でもなんでもないところで座り込む白人はどーにかならんのかと思う。

スラ・スラーンの脇にあるレストラン街で昼飯。
1軒目は満席で入れず、2軒目はなんとか入れたが、白人観光客でほぼ満席。
ママンはアモック・トゥレイを、ひでのふはピーマンと鶏肉の炒めを頼み
飲み物はマンゴーとミックスのシェイク。デザートにフルーツ盛り合わせ。
店が混んでいたのか、料理が出てくるまで20分以上かかった。フルーツ盛り合わせ
に至っては、催促するまで出てこなかった。
アモック・トゥレイは名物料理だけあってなかなかうまい。しめて16$。
おそらくはガイドと運転手の食事代も含まれていて、市内に戻って食事をすると
5$追加料金がかかるのはおそらくこのせいなのだろう。

レストランを出る頃に雨がぽっついてきはじめていたが、アンコールワットにつく頃
にはほとんど止んでいた。壕に描かれた雨粒に見えたものは、アメンボだった。
アンコールワットにはほとんど人がいない裏側から入る。ママンはビサールから
冷えたペット水を恵んでもらっていた。
ビサールが言うには今日は警官が沢山いるので、誰か偉い人でも来ているのだろう
とのこと。
バイヨン同様アンコールワットもレリーフが素晴しい。
ビサールに勧められるまま第三回廊に急いで登る。第三回廊はかなり高い場所に
あるにも関わらず、沐浴場があってびっくり。こんな高いところに水を運んで溜める
当時の人々の意思と技術力には感嘆せざるを得ない。
第三回廊を降りると、丁度団体さんが到着したようで物凄い行列ができていた。
アンコールワット正面の池の脇に、今度は四葉のクローバーが沢山生えていた。
どんだけ祝福された場所なんだw
しかし正門の石に空いている穴には銃弾がめり込んでいた。
喉が渇いていたので売り子に勧められるままコーラを1$でゲット。
そして池に映るアンコールワットを背に、ビサールに勧められるまま写真を撮る。

帰りにアンコールクッキー屋に寄って、ママンは大量のクッキーを買い込んでいた。
そして、ドライバーのビナールとガイドのビサールは兄弟なんだそうだ。
ビサールはこの前プノンペンで行われた日本の女子プロレスの通訳としても
活躍したんだそうだ。← 後日ネットを漁ったところ本当。
ビサールは昔小学校の先生をしていたようで、そりゃ細かい数字が次から次へと
出てくるわけだ。ビナールは英語のガイドもしているそうだ。
帰り際豚の丸焼きをやっている店を見かけたが、ビサールが言うには、あれは豚では
なくて子牛の丸焼きだそうで、いまカンヴォジアで流行っているのだそう。

ホテルに戻ると、まだ隣から大音響が響いている。ビサールに聞くとあれは葬式なんだ
そうだ。隣の敷地に勝手に入って中を観察してみると、確かに葬式をやっていて
これからみんなで鍋を食べようかという準備をしていた。
そして昨日頼んでおいたプノンペン行きのボートのチケットをゲット。
乾季は5$高くなって一人40$。
まだ日も高かったのでひでのふは一人で町巡り。
オールドマーケットはみやげ物屋が多く、手に入れやすそうに感じた。
帰りにロータリーの雑貨屋でファンタ 2000R を買って飲む。ついでにホテルの目の前
の雑貨屋でペット水大2本を1$で買って戻る。

暗くなってから AMAZON ANGKOR へ。ちょっといい服に着替えてから行く。
バイキングはこれ12$でいいのかよ?ってぐらい良い内容でだったが、
それ以上にアプサラダンスの内容が良くて見とれてしまい、全然食べられなかった。
最後にママンをステージに上げ、無表情なアプサラダンサーと一緒に写真を撮る。
本日の日程を全部終えてからホテルのプールで軽く汗を流し、
日記書いてネットやってから寝る。

【2010/12/12】 ママンとアンコール | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
思い出し旅行記 ママンとアンコールワット 11/29 ラピュタは本当にあったんだの巻
5時起きでアンコールワットの朝日を見に行く。5時半ごろアンコールワットに着くと
すでに東の空が白んでいた。念のためにと持ってきた懐中電灯が活躍する。
正面の橋のたもとでは結構人が居るなと思ったが、中に入るとそうでもなかった。
とりあえず、左側の書庫の縁に座って朝日を待つ。だんだん明るくなってくると
アンコールワットが池に映って美しい。
太陽はさすがに真東から昇ることは無かったが、出てきた太陽はとても眩しかった。
結局6時半頃までアンコールワットに滞在した。
アンコールワットからの帰り道に、これから学校へ急ぐ学生の姿を多数見受けた。
大体5kmぐらいの道のりを自転車で通うのだそうだ。子供の中には無理な体勢で
大人用の自転車を器用に乗りこなす者もいる。

一旦ホテルに戻り一寝入り。ママンが先に起きてカーテンを開けたら、なんと
すっぽんぽんの裸のじいちゃんが目の前のプールで泳いでいたらしい。ドイツ人だなw
そして8時に朝飯。今日は洋食にしてみた。味は良いんだがケチャップが欲しい。

9時から今日も観光。まずはホテルから2時間以上トゥクトゥクに揺られて
ベンメリア遺跡へ。ラピュタは本当にあったんだ!
でもまだラピュタは東の方が一部地雷が残っているそうで、まだまだ人を簡単に
近づける場所ではないようだ。ここも修復よりも現状維持を主眼に整備を行っていて
今でも頑張ってドイチェ人が地雷も除けているようだ。
ちなみに、ラピュタの一部とシェムリアップの下水道は日本が整備しているそうだ。
カンヴォジア人は何人がどこを援助してくれたのかちゃんと理解しているようで、
この辺は日本の近所の国とはエラい違いだ。

歴史的にラピュタはアンコールワットのテストケースにあたるそうで、なるほど
あれだけ巨大な建造物を作るには練習も必要だと言うのはうなづける。
まずは検問所で別途料金ガイジン一人5$を支払い先に進む。
検問所のトイレは出来たててとても綺麗。そして何か別の建物を増築していた。
参道を進んで見えてきたラピュタ本来の入口は瓦礫で完全に埋もれていた。
遺跡を見学しているのは、他の遺跡と違い白人とイエローで半々ぐらいか。
やはり宮崎駿は偉大なのかなあ。白人の若者は相変わらず登ってはいけない場所に
登り、はしゃいでいるのが目に付く。
ラピュタは乾季と雨季では遺跡の色が違うんだそうだ。今我々が行った乾季は
茶色で、雨季は苔生して緑に彩られるとのこと。
今回訪れた地点の幾つかは、雨季になると水が溜まって行く事ができないそうだ。

ママンは近くに生えていた、かさぶたのように剥がれる木の皮をお土産にしていた。
行きの参道はそれなりに整備されていたが、帰りに通った別の参道は、参道のど真ん中
に木が生えている寂れた参道だ。参道脇の昔は壕だった場所は完全に沼地になっている。
他の遺跡もそうなのだが、アンコールワットは人の手で壊されたのではなく、
後から生えてきた植物によって壊された場所ばかりだ。
ビサールに「でも綺麗な彫刻はみんな白人が盗んで行ったんでしょ?」と聞くと、
「そうではない。最初に盗んだのはカンヴォジア人で、山に落ちている石が高値で
売れるんだから、みんな売っちゃうでしょ?」とのこと。

参道の終点では、ビナールが現地のコドモに絡まれていた。
まさに「絡まれていた」という表現こそふさわしい。
ママンはバンコクで買ったのど飴と、そして折り紙を集られていたが、
折り紙の鶴はあまり現地のコドモには好評ではなかったようだ。
しかし、我々はあそんでいるのかあそばれているのか...よくわからない。
少なくとも、現金をたかったり、物を盗んだりと言うことはしないようだ。

ラピュタから少し離れた食堂で昼飯。
ママンはチキンカレー。ひでのふは何故か昨日と同じものを頼んでしまう。
それといつものシェイクを二つ。
ママンはココナッツミルクベースのカレーはとてもうまいとご満悦だ。
そしてひでのふの炒め物も、カンヴォジアはとてもピーマンがうまい。
苦くないし、肉厚でやわらかいのだ。
ここの店のトイレは清潔だが、便座は壊れて座れない。しめて13$。
ひでのふはまだ喉が乾いていたので隣の雑貨屋でコーラ 2000R も飲む。
カンヴォジアのコーラはなんか薄いんだよねぇ...

またトゥクトゥクで1時間半。今度はロリュオス遺跡群に向かう。
途中、もち米を竹筒で蒸したものをママンが買ってみんなで食べる。1本1$。
ココナッツミルクの素朴な味がよい。おそらく空腹でも2本食べれば十分おなか
一杯になるであろう量だ。同じ道ではビサール曰く「藁キノコ」なるものも作られて
いたが、それが一体どんなキノコなのかは結局最後までわからなかった。
日本に帰ってから調べてみたら、おそらくフクロタケではなかろうかと。

ロリュオス遺跡群はまずはロレイへ。超ボロいw
構造が焼きレンガで作られており、明らかにアンコールワットとは作りが異なる。
アンコールワットの5百年前ぐらいに作られたものなのだそうだ。
遺跡の脇には現役のお寺があり、お坊さんが厄落としの儀式をしていた。
帰りに孤児の女子中学生に拝まれたので1$寄付する。

次はプリア・コーへ。まずは最初遺跡の目の前にある工房を見学。
工房で作られた各遺跡のジオラマを見ながらビサールが説明をしてくれる。
ビサールは我々との仕事が終わった次の日に行くのだと、
プリア・ヴィヘアの話もいろいろしてくれる。
ここでてっきり土産購入を強制されるかと思ったが、そんなことはなかった。
でもママンはレリーフのレプリカ1$を購入していた。
工房では小学生ぐらいのコドモが5つ星ホテルの壁を彩るような立派な石彫りの
レリーフを作っていた。これだけ立派なものが作れるのに、なぜかコドモ達の住まう
施設は非常に粗末なものだ。一体どうなっているのだろうか?
プリア・コーもロレイ同様超ボロい遺跡なのだが、ここの狛犬が遺跡の状況とは
裏腹に非常にカッコいい状態で残されているのが印象的。

最後にバコンへ。一応同じロリュオス遺跡群なのだが、
アンコール時代に手をいれられたそうで前の二つとは明らかに様相が異なる。
ビサールはここを縄張りとする気狂い聾少女に小遣いをやっていた。
ビサールは彼女のお得意様なんだそうだw
ついでにママンは傷痍軍人の楽団に1$の恵んでやっていた。

本日の観光が全て終わり、一旦ホテルに戻る。隣はまだ絶賛葬儀中でうるさい。
ひでのふはまずホテルのすぐ近くにある仕立て屋に洗濯を依頼しに行く。
暗くなるまで部屋で一休みし、運良くホテルの無料トゥクトゥクがゲットできたので
オールドマーケットまで送ってもらう。ママンを連れて市場の中をぐるっと一周するが
特に目を引くものはなかった。とりあえずお土産にARAを1カートン5$を買う。
晩飯はオールドマーケット近くの屋台街で食べる。どこで食べようかとぐるっと一周
している間に停電が発生してママンが軽くビビる。
ついでに昼飯を同じレストランでとっていた日本人の姉ちゃんをママンが発見し、
軽く立ち話をしていた。
あーひでのふは絶対冴えないマザコン男と思われてるんだろうなあと思うと胸が熱い。
結局晩飯はクメール風ジンギスカン。英語さえロクに通じないが気合で注文。
日本のジンギスカンと異なるのは、鍋の脇に湯が入っていて、野菜はそこで煮ること。
ママンはイカがうまいうまいと言って一人でバンバン食うので追加で注文。
締めに麺を湯がいて食べるので結構おなか一杯になった。
食事中にも普通に停電が発生してこれはちょっとアセる。
アンコールビールを大瓶で1本頼んだがそれでもしめて9.5$。ちょっと安い。

それから腹ごなしにナイトマーケットへ。入口はせまくてしょぼいなあと思っていたが
実際中に入ってみると凄い奥行きで見るところが沢山あった。
足を魚に食われてキャーキャー言ってる白人が多かったが、中には全身食われている
かなり気合の入ったヤツも見かけた。
ママンはここでえび柿と姪っ子に象の刺繍の入った財布を買っていた。
言い値は2個で5$だったが、ちょっと値切るとすぐに2$になった。
それでも高いと思うが。ママンはこの様子を見て
「ちょっと値切るだけですぐ半額以下だなんて...」と絶句していた。
それから別の店で、サンダル3$を2$で買い、ついでに太鼓も衝動買い。
15$を11$に値切って買った。ママンは他の店も巡り、えびちゅと甥っ子向けの
お土産を探すがなかなか琴線に触れるものを見つけることはできなかったようだ。
帰りにアイス屋でアイス2.5$を買って食べながら帰る。高いだけあってなかなか
うまいが、すぐ溶けてしまうので急いで食べなくてはならなかった。
ついでにオールドマーケット近くの加華銀行のATMで200$ほど用立てする。
途中のロータリーの雑貨屋でコーラでも飲もうかと思っていて店の前を通ると
なぜかカンヴォジア人ロリに手を引かれ、店の中に引っ張り込まれる。
仕方がないのでジュース 2000R を買う。ママンは大喜びだったが。
さらに帰り道の途中にある果物屋で、ママンはオレンジを買っていた。
輸入物のようで 500g で2$となかなかの値段。

今日もまたプールで軽く汗を流して、風呂入ってネットやって日記書いて寝る。

【2010/12/14】 ママンとアンコール | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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