思い出し旅行記 オリゼーとパキスタン 11/27 アムパワーへ急ぐの巻
朝5時半に起きて、はにぃに買っておいて貰ったコーヒーを持たせてもらい、いつもの
ように京急で成田へ向かう。これでも格安券ではないので始発に乗る必要がないだけマシ
である。しかし駅で1本早いのを逃してしまい、それよりは20分遅れたが
一応予定通り到着した。予定通り到着したものの時間はギリギリで、
JCBのカウンターでウエットティッシュをもらうのが精一杯。
買い物はもちろん、トイレに行く暇もなく走って搭乗口まで向かう。

機内は9割ぐらいの席が埋まっている。3-3-3の右から2番目のシートで、
かつ羽の上でつまらない。まずは飲み物としてシンハービールを頂く。
一緒に昨日いなげやで買っておいたパンも食べる。

しばらくするとかなり早い昼飯。ANAより品数が少ない気がする。
ひでのふが選択したグリーンカレーには嫌いなナスが入っていたが仕方なく食べる。
隣の人が食べているムスリム食はゴロりとした肉が入っていてむちゃくちゃうまそうだ。
しかし、その人は肉塊はおろかロクに食べもせず残していたのであった。

タイの入出国カードを書いている時、隣の人のパスポートを見るとなんと
アフガニスタン人でびっくり。アフガニスタン人を見るのは初めてだ...
タイの入出国カードに何書けばいいの?と聞かれたが、
トランジットならいらないよと答えたら納得してもらえた。

昼飯が少ないなと思ったら、到着前に軽食としてサンドイッチが出た。
着陸後、愛用のヘッドホンが無くなった!いろいろ探したがぜんぜん見つからない。
手作り感満載のヘッドホンなので、こんなもの盗んでもしょうがないと思うのだが
とにかく見つからない。慌てていると、タイ航空のクルー総出で、椅子のクッションまで
引っぺがして調べてくれた。クルーの皆さんに感謝したい。

かなり遅れて降機したのだが、バゲージクレームで危うく自分のバッグを
見逃すところだった。初めて使うので、まだ目になじんでいない感じだ。
バッグを明け、中身から一泊分の荷物だけを手提げに移し、LOST and FOUND へ行く。
バゲージクレームのあたりからウロウロしてようやく LOST and FOUND を探し当て
ヘッドホン有った?とたずねたが、結局見つからなかったようだ。
安物なのだが、工作してわざわざ馴染ませたものだけにちょっと惜しい...
次に荷物の一時預かり所を探してウロウロする。インフォメーションで教えてくれた
場所が少しずれていてまた迷う。

バス停の前のコンヴィニで水9Bを買い、バスターミナル行きのシャトルバスを待つ。
既に上記の忘れ物騒ぎで予定を1時間オーバーしていて、焦る。
シャトルバスは空港敷地内を寄り道しながら15分ぐらいでターミナルへ。
ターミナルにはバスが沢山止まっているので間違えることはないだろう。
丁度南バスターミナル行きの556番が出発間際だったので、乗る。
なぜかこの556番だけがとんでもないオンボロバスだった。33B

556番のバスは、バンコク市内に入るまでは高速道路をかっ飛ばしすいすい進む。
途中絶賛建設中のエアポートリンクと2回すれ違う。
来週の暫定開業に向け試運転と言った所か。もちろん乗客は乗っていない。
バンコク市内の最初の料金所あたりでついに渋滞に捉まる。
それでも高速道路上での渋滞はまだマシで、民主記念塔の300mぐらい手前で
謎に20分ぐらい止まってしまう。民主記念塔の前もすごい渋滞で、さらに渋滞は
チャオプラヤー川を越えてもまだ続き、結局セントラルピンクラーオまで
ずっとノロノロだった。結局南バスターミナルまでは2時間半以上かかった。
本当に今日中にアムパワーまでたどり着き、無事宿が取れるのだろうか?
焦りは最高潮であった。バンコクの渋滞の真髄を実感させられた。

南バスターミナルでメークロン行きのバスを探す。誰も英語なんて喋れないので
メークロン!を極めてタイ風の発音で問いかけながら切符売り場をさまよい歩き
ようやくメークロン行きのバスの切符を手に入れた。120B。
本当にこれでメークロンに行けるのかどうかは、良くわからないままだ。
切符売り場で兄ちゃんを宛がわれ、バス乗り場まで連れていってもらうと
そこに止まっていたのはバスではなくバン。
19:30出発のはずが、客で一杯になるまで待ち、その上LPGガスも入れて出発したのは
20時と言ったところだ。予定ではもうアムパワーに着いているはずなんだが。
バンの車内はとても狭く、閉所恐怖症の発作が起きそうな状況とも言えたのだが
たまたま隣に座ってきたお姉ちゃんの胸の谷間をじっくり観察することで
発作を抑えることが出来たのが僅かな僥倖と言えるかもしれない。

バスは1時間でメークロンへ。席からちらと運転席の速度計を覗くと、
針は軽く 120km/h を指していた。
メークロンに着く前にトイレ休憩が1回あった。隣のお姉ちゃんが立ち上がり、
運転手になにか伝えて休憩となった。バンでトイレに行きたくなったら
運転手に言えばスタンドで止めてくれるようだ。
スタンドのトイレは十分に綺麗なように見えた。
運転手に時計を指差し、メークロン?と聞くと、5分と言われた。
休憩所での待ち時間なのかメークロンまでの所要時間なのかは、わからない。

実際5分も走ったらメークロンに着いた。着いたはいいが高速道路の上で降ろされた。
ステーション?と聞くと高速道路を横断した反対側を指差される。
これをどうやって渡れと言うのか?
たまたま来たソンテウにも違うと言われ途方にくれる。
道のはるか彼方に歩道橋らしきものが見えたが、それよりバス停を覆うように
架かっている車道橋を渡った方がマシかなと思い、車道橋を進む。
車道橋を渡りきったところになにか市場らしきものがあるが、バイタクは居ない。
駅方向の車道で5分も手を振りながら待っただろうか?バイタクがつかまった。
駅まで15Bと言われたが20Bくれてやった。

駅で少し散策。たいした収穫はなかった。
しかし、駅を背に左に100mも進むとホテルがあるのを発見した。
それからまたバイタクを捕まえてアムパワーへ。途中で花火が上がっているのが見える。この時間に宿が見つかるかどうか不安だったが、バイタクを散々ウロウロさせて
ようやく宿が見つかった。バイタクには散々ウロウロさせたので、
50Bだが60Bくれてやった。

ホームステイと呼ばれる宿は900Bだった。バイタクの運転手は少しマージンを
取っていたようなので軽くボラれているかも知れないが、背に腹は替えられない。
もう22時だ。
部屋はとても綺麗。アメニティはいつもの通り石鹸、水、バスタオル。
シャワーは水シャワーだが、エアコンが必要な気候なのであまり苦にならなかった。
トイレは洋式でエアコンもばっちり。冷蔵庫も完備。何故かシーツがないが。
ベッドはダブルで十分広いものなのだが、ベッドソファーなので家族で来ても
大丈夫そうだ。そもそもそれを考慮に入れての値段設定なのかもしれない。

部屋で一服した後、アムパワーの市場に行ってみる。
夜の運河めぐりのボートもまだ客が乗っていたし、一部の店はまだ開いていた。
とりあえず開いていた屋台で米麺を食べる30B。
辛い調味料を入れすぎて汁が飲めなくなるばかりか、汁がハネて目に入り痛い。
それから近くの店で例の謎乳酸菌8Bで辛味を和らげる。
ぶらぶらしていると近くでよさげなシーフードレストランが23時まで営業していたの
を発見。後の祭りだが仕方なく見逃す。

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思い出し旅行記 オリゼーとパキスタン 11/28 カラチに降り立つの巻
昨日の夜は遅かったので、朝は少し遅めにおきる。宿のおばちゃんがいつの間にか
朝飯を用意しておいてくれた。と言っても揚げパン3つに
飲み放題のミロとコーヒーだけなのだが。宿にはなんと
日本語新聞が用意されており、テラスで新聞を読みながらの優雅な朝食となる。
宿は全室角部屋で、二方向に窓がついていて見晴らしがよいのはいいのだが
1階なのでプライバシー的にどうなのよ?と思っていたが、実は窓はマジックミラーで
部屋の中の電気が消えていれば部屋の中は見えないようになっていたことに気がつく。
帰り際、宿主にバス停の場所を聞いてチェックアウト。

それからもう一度市場に行ってみる。
市場内の運河を巡る観光用のボート乗り場には係員も客もいない。
一人50B。貸切なら500Bみたいなことが書いてあるが、
日本人観光客だと貸切を強要されるパターンが多いのでスルーした。
運河市場の片端はすぐ突き当たりとなるのだが、もう片側の突き当たりはかなり長い
ようで、結構歩いたのだが先が見えないので適当なところで引き返した。
店も昨晩よりは開いている店が多いが、まだ本気で開いているわけではなさそうだ。
やっぱり本番は夜と言うことなのだろうか。朝もそれなりに風情があるが。

市場で揚げたての天かすサラダがあったので衝動買い。20B。
また、見たことも無い色のジュースも衝動買い。10B。ジュースの方はさとうきびの
ジュースだった。さらに屋台ではなく店できしめんも食べる。20B。
最後にはにぃのお土産にアムパワーのTシャツを買う。120B。
この時間は学生が多いのだろうか。沢山の修学旅行風の学生を見かけた。

宿主に教えてもらったバス停で、洗濯物を乾かしながらバスを待つ。
30分ぐらい暢気に待っていたところで、道の反対側にあるトゥクトゥクの兄ちゃんが
声を掛けてきた。何を言っているのか全く判らないが、多分別の場所にある
バスターミナルか何かに連れて行ってくれると思い乗ることにした。100B。
案の定、メークロンにあるバンの乗り場まで連れて行ってくれた。

バン乗り場でトイレを借りる。洋式でとても綺麗なのだが、紙の処分は韓国式。
しかしこのトイレには紙が無く、適当に叫んでみるも誰もやってこない。
仕方なく宿から持ってきた日本語新聞で菊穴の処理をした。
ズボンのポケットに日本製ティッシュが入っていたことに気がつくのはその後だ。
トイレで騒いでいる間1本逃した感じもするが、それから30分程待ってバンが出発。
70B。行きのバンはもっと遠くに行くバンで、その分値段が高かったのだろう。
こちらのバンも時速 120km/h で巡航。道端では塩田で取れた塩を売っている店が
連立している。

戦勝記念塔まではずっと高速道路を通り、大した渋滞なく到着。昨日とは大違いだ。
それから積み残しの出る劇混みのBTSでサイアム駅へ。
サイアム駅でインフォメーションを探してさまよう。
前回タイに行ったときに見つけられなかったフードコートを SIAM PARAGON で発見。
サイアム駅のインフォメーションにたどりつくも、やはりプラレールは売り切れ
とのこと。残念。再入荷は来年2月だそうだが、タイだからなぁ...

遅い昼飯を食べるべくBTSでサイアムからオンヌットへ。
しかしお目当てのムーカタ屋は昼は営業していないようで、閉まっていたので断念。
テスコロータスに箸を買いに向かうが、割り箸しかなかったのでまた断念。
ついでにテスコの駐車場で空港行きのバンが止まっているのを発見。
腹をごまかすためにテスコで謎乳酸菌を買う。24B。
思案した挙句、またBTSでサイアムへ向かう。
さっき見つけたフードコートは高いのと日本資本の店が多いので別の場所へ。
そして見つけた回転式のタイスキが面白そうだったので入る。
食べ放題のはずだったムーカタのカタキをこちらで取ることにした。

タイスキでは謎の食材が回転寿司よろしくコンベアに乗って次々とやってくる。
もちろん謎食材ばかりでなく、見慣れた肉や海鮮も回ってくる。
カニカマはカニのハサミのカラで偽装されそれっぽくなっていた。
緬かと思ったら糸こんにゃくで、豆腐かとおもったら魚のつくねだったりした。
残念ながら腹固めに麺類は回ってこないので、別の場所にある炊飯器から
チャーハンをよそって食べた。
前回買ってきた白きくらげも水で戻してタイスキの具材になっていた。
この店は一人で来てもカウンターで好きなだけタイスキが楽しめるのがよい。
複数で来ると仕切りのある鍋で二種類のスープが楽しめるようにもなっている。
寿司も食べ放題なんだが、例のタイ寿司なんで日本人は手が伸びない。
ジュースもデザートにアイスもある。さんざん食って296B。サービス料込み。

腹いっぱいになったところでまたBTSでオンヌットへ。
バス停でバスを待つと、さっきテスコロータスの駐車場でみかけたバンがやってきた。
このバンは高速を使わずひたすら下道をチンタラと行き時間がかかる。
しかしこのバン、バスターミナルではなく空港の前まで行ってくれた。20B。

昨日預けた荷物を引き取る。微妙に24時間をオーバーしていたので150B。
さらにコンヴィニで水9Bとコーラ16Bを買う。
水は機内に持ち込もうと思ったが、手荷物検査で取り上げられてしまう。
前回はスルーできたのになあ...

ヒコーキは窓際にしてもらう。座席配置は2-4-2なので気が楽だ。
ヒコーキは6割ぐらいの客入り。窓際で隣がいないところもあるのだが
ひでのふの隣はデヴ。相変わらずヒコーキの席運は良くない。
ウェルカムドリンクはウオトカのオレンジジュース割り。
最後の酒になるかとも思い、さらにコニャックの水割りも頼む。
調子に乗ってさらに頼んだ黒いパックのジュースは、りんごジュースだった。
晩飯はマトンカレー。なかなかうまい。

隣のデヴはそれでも文明人なので問題ないのだが、
後ろの席のおっさんが身なりの割には原住民で、とてもうるさい。
さらに着陸態勢に入り、地面が見えてくると原住民が携帯電話で電話を掛けだす。
死ぬ気か?むしろ死ねよって感じだ。
周りを見渡すと他にも同じように電話をかけているおっさん多数。
みな身なりのよいビジネスマンのようなんだが、これがパキスタンと言う国なのかと思うと
見事な先制パンチを食らった感じだ。
隣のデヴも苦々しく思っていたらしく、思わず顔を見合わせてお互い同意した。

カラチ空港は小さいがレトロモダンな感じの立派な空港だ。
しかしひでのふは旅の高揚感よりもやっちまったな感の方が先にたつ。
入管のいかついおっさんの額には大きな瘤ができている。なぜ治さない?
バゲージクレームで流れてくる手荷物は、レーンからどさどさと落ちている。
手荷物は無事引き上げたが、その後の税関のグリーンレーンはただの出口だ。
ノーチェックとかではなく、チェックする設備そのものが完全に欠落していた。
もちろんレッドレーンを通るようなお人よしは一人もいなかった。
酒の一本でも持って来ればよかったなと後悔する。

空港には予約していたホテルからお迎えが来ていた。
空港の目の前がホテルかと思っていたが、空港の目の前にあったのは24時間営業の
マクドナルドで、実際はとてもメルヘンなワゴンで5分ぐらい行ったところにあった。
ひでのふをわざわざ助手席に乗せてきたなれなれしい運転手は、ホテルに着くなり
早速チップを要求してくる。空港でパキスタンルピーを手に入れてくるのを忘れた
ひでのふは、仕方なく1米弗を渡すが、少ないと言われ2米弗渡してしまう。

チェックインしてポーターに荷物を運んでもらう。
最初に見た部屋はまるで独房のように薄暗い部屋。
次に見せてもらった部屋はさっきの部屋よりはほんのちょっと綺麗なように思えたので
こちらを選ぶ。そしてポーターも当然のようにチップを要求。
やはり1米弗やるが、少ないと言う顔をされる。
次に入れ替わるように部屋の担当者がやってきて、
やれ部屋の電気はどうなっているだのと、どうでもいい説明を次から次へと行う。
その割には部屋には前の客の飲みかけのミネラルウォーターが放置されている。
新しいミネラルウォーターを60Rsで頼むも、米弗では買えないとのことで
結局食堂で汲んできた、無料のフィルターウォーターとやらになる。
さらにこの部屋にはタオルがないとのことで持ってくる。
もちろんタオルと引き換えにチップを要求され、同じように1米弗やるが、
もちろん少ないと言う顔をされる。
本当はこんな当然の仕事にチップなど払う気にはならないのだが、この調子では
払わなければ酷い目に遭わされるんじゃないかと不安に思い、仕方なく払った。

こんなホテルに5000円も払ったとは、腹立たしさよりも先に悲しくなった。
それよりも、こんなダメな国でこの先旅が続けられるのだろうかって不安が
とても大きくなった。

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【2009/12/13】 オリゼーとパキ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
思い出し旅行記 オリゼーとパキスタン 11/29 ヒコーキが飛ばないの巻
夜は相当遅かったにも関わらず、朝の5時半に叩き起こされフライトの予定を
聞かれる。昨日のポーターのようだがチップが少ないことに対するイヤガラセか?
とも思ったが、ムスリムとは朝が早いようで、しばらくすると大音量のラマザンが
ホテル内に響き渡った。
結局8時半まで寝たが、あまり寝た気がしなかった。

朝食はトースト3枚とオムレツ。どちらも時間が経っているようでつめたい。
予想に反してチャイはうまかった。
とにかくチップ取られまくりで小銭がないので、空港に両替しに行くことにした。
フロントまで行く途中で別の Standard よりも上のクラスの部屋をちらっと見たが
こちらはいたって普通に先進国のホテルにありがちな内容の部屋だった。
空港に行くにしても手ぶらという訳には行かないので、手持ちの10米弗札を
まずは両替しにフロントへ向かうが、フロントには現金がないとのことで
みやげ物屋に行く。まずは1米弗78Rsとかふざけたレートを提示されたので
そこは80Rsにしてもらい小銭を作る。
インドでは汚れた札は受け取ってもらえないと聞いたので、デカイ判子の押して
ある札は大丈夫?と聞いたら他の札に替えてくれた。
なぜか覚えのない番号の電話が日本からかかってきたが取り損ねた。
重要な電話ならまたかけてくるだろうと思い、無視した。

ホテルの中を少し探検する。なんか知らないがプールまである。
結構敷地は広いようで、ほとんどの建物が平屋で、庭も十分な広さがある。
泳ぐ気になるほどの気候ではないのだが、プールに水が張られそれは十分綺麗な
ように見えた。一人泳いでいるおっさんも確かにいたが。
フロントで空港に行きたいと言うと、うちの空港行きのバスにタダで乗せてやるから
安心しろと言われたのでそうする。フロントにいるマネージャー連中は紳士が多い。
ついでにチェックアウトの時間を確認すると、お前のフライトはキャンセルされた
ので、チェックアウトは12時半だと言っているが、こちらはちゃんと
コンファーム済みのチケットを持っている。何かの冗談だろうと思い聞き流す。
ついでにフロントでホテルにやってくる客の様子を見てると、
誰もチップを払っている様子がないことを確認。これで強気に出れそうだ。

空港に着くと、運転手も付いて来てあれこれ空港の案内を始める。
カラチ空港は小さい空港なので案内の必要などないのだが、まあいいかと思い
案内させる。案内をさせてよかったのは、当日は「Eid-al-Adha」と言う祝日で
鉄道予約窓口が閉まっていたのだが、3時に開くとのウルドゥー語の張り紙を
読み上げてくれたことだ。
空港で両替を行う。両替所は一階到着ロビーにもあるが、二階にはなぜか5件も窓口が
あった。レートはどこも同じなのだが、日本円現金のレートは著しく悪い。
この日は 0.9~0.97だった。しかし仕方がないので両替を3万円分行う。
日本でPIAの航空券を買ったときはパキスタンルピー建で、レートは電信レートに
近いものだったので、ATMでキャッシングの方がよさそうだと思う。

空港からの帰り道、なぜか来たワゴンではなく、空港で客待ちをしていたワゴンに
乗り換える。それから案の定チップ寄越せ攻撃が来た。
払わなくて良いのはわかっていたが、それなりに役に立ったので払ってやってもよいと
思っていたので交渉する。
いくら欲しいんだ?と聞くと、当然ひでのふに任せると言うので500Rs札を出す。
そして、細かいのが無いから釣りを寄越せと言う。
いくら釣りが欲しいんだ?と聞かれたので、運転手にお前に任せると言い返した。
運転手はじゃあわかった。俺に100Rsと今もう一人の運転手に100Rsで良い。
と言う台詞を引き出すことに成功した。
チップとしては200Rsは明らかに高いのだが、精神的にこいつらに勝った!
という満足感が得られたのは、大収穫だった。

ホテルに戻り、フロントでヒコーキの時間まで市内に行きたいと尋ねると
今日は「Eid-al-Adha」で何もやっていない。行くだけ無駄だと言われてしまう。
それでも12時を過ぎれば市場は開くはずだから、それまで待てと言われ部屋で
大人しく折り紙の練習をしながら待つことにした。
それから12時前になり、タクシーはどこで捕まえるのかと聞いたら、ホテルの前の
道路に来ると言う。外に出ると、門番がタクシーが着たらつかまえて教えてくれると
言うので、ロビーで大人しく待つことにした。
結局、30分も待ったが1台も現れないので諦めてホテルで飯を食うことにした。

ホテルでの昼飯はカレーバイキングだった。残念ながらマトンカレーはなかったのだが
チキンカレーはおいしかった。
他のテーブルの様子を見ると、誰も金を払っている様子がなかったので、
昼飯も宿代に含まれているのかなと勝手に解釈し金を払わずに退席する。
しばらくすると、食堂のおっちゃんが金払えと部屋までやってきた。料金は350Rs
だが釣りがないので400Rsになってしまった。
ごめんね迷惑かけたから釣りはなくてもいいよと告げる。

まだまだ17時のヒコーキまでは時間があるので、付近をぶらぶら散歩することにした。
この日のカラチは長袖長ズボンでも木陰に佇んでいれば汗が出ないくらいの気候。
散歩するには丁度よかった。
30分ぐらい付近をぶらついたが、結局空港敷地の外に出るのが精一杯だった。
やっと出た外の道にはそれなりにタクシーは走っているようではあったが。
道すがら、黒一色ではないカラスだとか大きなインコだとかリスまで普通にいて驚く。
なぜか銀行だけは2件あったが、コンヴィニみたいな店は1件も見つからなかった。
そして、泊まっているホテルが旧カラチ空港のすぐ前であることも理解した。
それでもまだ少し時間があったので、食堂でチャイを飲んで一服。
何故かタダになった。さっき昼飯代を取りにきたおっちゃんがひでのふのことを覚えて
いたようで、お釣りの50Rs分でタダになったのだろうと思われる。

こうして、なんとか3時まで時間を潰したので、準備万端空港まで送ってもらう。
空港ではまずクエッタからラホールまでの鉄道の切符を買いに行く。
そこにはすでに鈴なりの人だかりがあったが、外国人なので優先してもらえた。
窓口で欲しい切符のメモを見せるものの、どうもクエッタ発の切符はここでは買えず
カラチ発の切符しか売っていないようだ。

しかたなく切符はあきらめ、ヒコーキのチェックインへ向かう。
しかし、なにか様子が変だ。
最初のおっちゃんは手馴れぬ手つきでひでのふのPCでプリントアウトしたチケットを
眺め、ビジネスクラスのカウンターへ行けと言われ、ビジネスクラスのカウンターでも
お前のチケットはコンファームされていないとのことで、チケット販売カウンターに
まわされる。ここでようやく、自分の乗るヒコーキがキャンセルされたことが判明。
ビジネスクラスのお姉ちゃんがカウンターのおっさんに色々抗議してくれるものの
結局どうにもならなかった。明日のヒコーキのチケットを渡され、その後は
パッセンジャーアシスタントオフィスに行ってよしなにしてもらえと言われた。
出発口の入口では兵隊さんが見張っており、ここから外には出られないように
なっているのだが、フライトがキャンセルされたことを告げると、外に出してくれた。
「これからどうするの?」と聞かれたが「知らない」と答えるのが精一杯だった。

パッセンジャーアシスタントオフィス(PAO)でどーなってんのよ?とゴネるが
まずは国内線片道の客にホテルは提供できないと言い放たれる。
しかし、同じクエッタ行きの早いほうの便をキャンセルするならわかるが
遅いほうの便をキャンセルするとはさすがPIA。別名 Perhaps I arrive とは
よく言ったものだ。まさか自分が実体験する破目になるとは夢にも思わなかったが。
PAOには7人ぐらいの職員がいたが、とりあえず机に向かっているのは二人だけで
残りの連中はチャイを飲んで寛いでいるか、ベッドで横になっているかのどちらかで
ある。ちなみにこの日のカラチは茹だる様な暑さでは決して無い。
PAOではここまでどの航空会社で来たかと尋ねられ、タイ航空だと答えると
4階のタイ航空のオフィスに行ってよしなにしてもらえと言われる。
タイ航空は関係ないと思うのだが、藁にもすがる思い出タイ航空のオフィスに
行ってみると、今日は祝日なのでクローズしていた。
ここでようやくさっきの身に覚えのない電話の正体が、東京のPIAのオフィスで
あろうことを悟る。折り返し電話をかけてみるも、東京は20時。
電話の呼び出し音がむなしく響くだけで助けにはならなかった。

再度PAOに行く。半分泣き落としだ。
ここではホテルの紹介はできないと言われるが、そこをなんとかとゴネまくる。
エアポートホテルに行けと言われたが、あんなホテルにはもう泊まりたくないので
エアポートホテルは高い!市内の安いホテルを!と言うと、30米弗程度の予算では
コトバの問題があるので無理だろうと言われる。
結局、エアポートのホテルのラックレートが3150Rsであることが判明し
まあそれなら仕方がないかと言うことで、PAOからホテルに連絡を入れてもらう。
そのままPIAの職員に付き添われ、ワゴンでホテルに送還される。
空港の、国内線出発ソラリーのひでのふが乗るはずだった便の表示は、
ちゃんと NOW BORDING になっているのに...

レセプションで「フライトキャンセルだってよ」と告げると、軽く笑われた
そして、お前は昨日の23時にチェックインしたので、23時に金を払いに来いと
言われる。ポーターに荷物を運んでもらうが、こいつはちゃんと荷台にのせて
運んでくれた上、チップを欲しがる素振りもみせなかった。
客室係は例の如く部屋の説明を始めるが、遮ってすぐに水とタオル持って来いと
指示する。勝手の外れた客室係はチップを申し訳なさそうに下さいと言うのが
精一杯だったようだ。ひでのふは、優越感とともに客室係の肩を引き寄せ
これは秘密だ」と言って100Rsくれてやった。

一通り脱力感に襲われたあと、晩飯を食いに行く。またバイキングだが
昼間よりちょっと豪華になってる感じがした。値段は変わらず350Rs。
食堂のおっちゃんが「これお勧め。ヤギカレー」と言っていたカレーは
ヤギの臭みなど全く感じられず、美味しかった。
飯を食い終わって気分がいいので、キャッシャーでカチ合った家族に話しかけてみる。
彼らはビジネスで着ていて、ここには2泊すると言っていた。
何故か日本円とパキスタンルピーのレートを聞かれた。
そしてイスラムはビジネスでも家族を全員連れて移動するようだ。
当然お父さんはしっかり英語が喋れるのだが、小学校低学年ぐらいの
コドモもそれなりに理解しているのは凄いと思った。

部屋に戻り日記を書いていると、モーニングコールはどーすんだとじいちゃんが
やって来た。ひでのふは携帯が目覚ましになるから大丈夫だよと告げる。
ついでにいい時間になったのでフロントに金払いに行く。

このクソボロイ部屋も慣れればどうと言うことは無い。むしろ快適なぐらいだった。


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【2009/12/15】 オリゼーとパキ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
思い出し旅行記 オリゼーとパキスタン 11/30 とんでもないことになるの巻
※注意※
この日の日記は十分に脚色してあります。
同じような行動を取ると死んでもおかしくありません。


朝は8時半に起きる。昨日と同じく朝飯。
なぜか向かいのテーブルにヤザン・ゲーブルがいる。
こんなところにティターンズがいるわけないので気にしないことにする。
今日はなぜかパンも目玉焼きもあたたかい。そして人も多い。
昨日の家族もいたのだが、ひでのふに気づかず立ち去ってしまった。

今日もフライトの時間まではたっぷり時間があるので、ホテル内をまた探検。
モスクに行ってみたりもしたが、すぐに飽きてまた部屋に戻る。
フライトの時間がやってきたのでバスに乗る。
今日は沢山のお客が乗っており、みなクエッタに行くようである。
乗るときに部屋からバスまで荷物を運んだポーターはチップを寄越せとは
言わなかったが、バスを降りるときのポーターはチップ寄越せと言ってきた。
ひでのふは「誰も払っていないじゃないか」と反論してスルー。
しかし、朝食の時に向かいのテーブルにいたヤザンは、いくらか支払っていたようだ。

そうすると、ヤザンがウルドゥー語で話しかけてきた。
さすがのひでのふもウルドゥーはまったくわからないので、英語で
「あなたの言っていることがわかりません」と返したら、
とても流暢な英語に切り替わった。
バスの中でひでのふの隣に座ったのがヤザンのお父さんかなと思っていたのだが
実はそうではなく、ヤザンは彼のお姉さんとお母さんが一緒だった。
さらにチェックインの時にもヤザンから話しかけられ、
クエッタに宿の無いひでのふは渡りに船と思い仲良くなることにした。
ヤザンと一緒に空港のロビーで座って話しながら待っていると、なんかえらそうな
おっさんが我々一行に冷えたパックのジュースを持ってきてくれた。
ひでのふの分もあると言うので、遠慮なく貰う。
ヤザンはそれだけではなく、手持ちのスプライトまでひでのふにくれた。
ひでのふは、お礼にヤザンに鶴を折って進呈する。

それからみんなで手荷物検査場へ移動。飲みかけのスプライトを持ったまま。
これはヤザンが偉いと言うのではなく、単に手荷物検査がザルなだけである。
確かにパキスタンの国内線を爆破しようとするイスラムのテロリストはいないので
ある意味安全なヒコーキなのかもしれないが...
そしてヤザンと色々話す。ヤザンは禁煙のロビーで平気でタバコを吸っていたが
注意する奴なんか誰もいなかった。色々間違った理解もあったんだが
最終的にまとめるとこんな感じの奴だ。
→ ヤザン・ゲーブルを温和にした感じのナイスガイ。年は25~6才か?
→ 英国籍でロンドン在住のハザラ人。
→ ヤザン自身が偉いわけではなく、お父さんが政府職員。
→ クエッタには親戚が100人ぐらいいる。カラチにも友達が沢山いる。
→ 離婚してて前の奥さんとの間に男の子が一人。
→ 今の奥さんと結婚してまだ1年。奥さんは18歳処女
→ 英語もウルドゥー語も当然のようにペラペラ。
→ 前の奥さんはなんとユダヤ人で、結婚の際に改宗させたんだそうだ。凄すぎる。
→ 前の奥さんはとても嫉妬深く、それに嫌気がさして離婚したんだそうだ。
→ ゲーム好き。GTA大好き。ガンダムも知っていた。

そしてヤザンからクエッタの話を聞くと、ひでのふはハザラ人に見えるから
クエッタに行ったら無警告でコドモにAK-47で射殺されると言われた。
ここだけ真顔で。
実はひでのふがヤザンを日本人?と思っていたようにヤザンもひでのふのことを
ハザラ人?と思っていたのだった。お互いがお互いを間違えるほど似ているのだ。
なるほどヤザンは初対面の時にひでのふにはウルドゥー語で話かけたわけである。

じゃああれか、クエッタはリアルGTAか?と言ったらえらウケたw
さらにフライトキャンセルされた関係上、クエッタには一泊しかできないと言ったら
そりゃあんまりだなと少し悲しい顔をされた。
ちなみにロンリープラネットには、クエッタについて
訪れるには十分安全である」と最初に書いてある。
ひでのふはこの記述を信じてクエッタに行くことにしたんだと言ったら、
これまた大ウケされた。
ちなみに、ヤザンご一行はヤザンのおばあちゃんが亡くなったので、
その葬式に出席するためわざわざロンドンからやってきたとのことであった。

そんな話をしてヒコーキを待っていたら、クエッタ行きのヒコーキは期待していた
プロペラ機のATRではなく、古いエアバスだった。
このフライトのためにエコノミープラスと言ういい席を確保しておいたので
久しぶりに翼に邪魔されない視界を得られ、窓からの眺めは最高である。
ヤザンご一行はエコノミーだったので、しばしお別れとなる。
まずは離陸前にウェルカムドリンクとオシボリ。当然のようにアルコール類はでない。
離陸後、窓からカラチ空港を一通り眺めるも、ATR機の姿はどこにもなかった...

窓からのぞく景色はダイナミックそのもの。
どこまでも続く砂漠...目線より高い山々...湾曲する大地...
大地と言う物は動いているものなのだなと実感する。
川は乾いているように見える。川に沿っていく筋もフラクタルなひび割れが広がる。
ヒコーキから見えるぐらいなのだから、実際は相当深いひび割れなのだろうか?
機内では簡単なランチが出た。タンドリーチキンとサンドイッチの簡単な物だが
昼飯を食べていなかったので丁度よかった。

ヒコーキは一旦クエッタ上空を通過。
眼下に見えるクエッタの町は、泥で出来た家ばかりだ。
そしてどう考えてもアフガニスタン領内の上空で旋回し、着陸する。
空港に着いた時に写真を撮っていたら、兵隊さんに怒られたので止める。
波照間空港並みのターンテーブルから荷物を受け取り、またヤザンと行動を共にする。
すでに空港の中にはヤザンの親戚がいて、空港の外には100人とは言わないが
20人近いヤザンの親戚が出迎えてくれていた。
それから、その中でも一番偉そうなヤザンの叔父の家で飯を食うことになった。
ちなみにヤザンの叔父はイーサン・ライヤーを善良にした感じのナイスミドルなのだが
なぜ連邦軍とティターンズが仲がいいのかは、この際考えないことにした。

ヤザンとひでのふはイーサンの車に乗り、イーサンから直々にクエッタの町に関する
レクチャーを流暢な英語で受ける。クエッタはとても判りやすい盆地で、
6000フィート級の山々に囲まれた海抜1500mぐらいの場所だ。
よって夏暑くて冬寒いってな場所なのだが、四季があるのがクエッタの特徴だそうだ。
確かにクエッタを囲む山々は見事である。

そしてイーサンの家ではまず応接間に通され、
彼の大変興味深い経歴の話をありがたく聞かせてもらう。
イーサンの家族も紹介してもらう、お姉ちゃんは浅田真央に似ているが
お兄ちゃんはどうみてもバナナマンの日村だ。弟は年長さんぐらいであろうか?
しかしみな簡単な英語を喋ることができるのであった。
そして飯はパキスタンの家庭料理。とても豪華だ。当然イーサンの奥さんのお手製で
一部の材料も自分で作っているものなのだそうだ。
ちなみにメニューは以下の通り。
・ポテトキーマカレー:ポテトと言いつつ肉の方が多いw
・ビリヤニ:ヨーグルトソースを掛けて食う。こーれーがー超うまい
・ヤギカレー(ゴートコルマ):骨から出るダシがたまらない。
・レンズ豆のカレー:コドモでも食べられるやさしいおふくろの味。
・サラダ:トマト、玉ねぎ、キュウリのサラダ。野菜が日本と少し違う。
・フルーツヨーグルト:日本と替わらない味。
・ライスプディング:これまたやさしいおふくろの味。
・チャパティ:もちろん焼きたてが出てくる。

これだけのおいしいものを一人で作るとは...ひでのふのおふくろに見習わせたい。

飯の後は緑茶。日本茶と比べると、薄いお茶に砂糖と生姜を入れて飲む。
茶葉は刻んでないのも日本とは異なる。
ひでのふはラホールから先はどうするんだ?と聞かれたのでワガーの国境を抜け
インドに行くと言ったら全員露骨に嫌な顔をされた。
旅程表を見せ、たった一泊であることを説明し、事なきを得た。
そして、クエッタで泊まる所はどうするんだ?と聞かれ、本来は1泊だけの
予定だったので駅のリタイヤメントルームに行くか、さもなくば駅近くの安宿街で
どうにかすると言ったのだが、これまた全員でそれは止めろと言われた。
ヤザンに至ってはこのままイーサンの家に泊めてもらえとまで言い出した。
そして皆に日本から持ってきたお土産を全部配る。
イーサンにはハラールだと思うんだけどと思って確認したら、とにかく肉を使って
なければ良いとのことで、フルーツとシークワーサーの飴と柿の種を贈呈する。
皆珍しい物を見て注目している。
柿の種をコドモに食わそうとしたので、それは辛いから大人用であることを教える。
シークワーサーの飴はコドモにはすっぱいかなとおもったのだが
おいしいと言って食べてくれたのでよかった。
それとみんなにそれぞれ鶴を折って進呈する。
イーサンはこいつは賢いヤツだと妙に感心してくれた。

それからヤザンの案内で夜のクエッタ市内をドライブすることに。
運転はイーサンの運転手だ。
今日もまだ Eid-al-Adha の続きなので、みな家で休んでいるため人出が少なく、
開いてる店も少ないとのことだ。日本だと逆なんだが。
それでもとにかく丸腰で出歩くのは危険とのことなので、写真は車の中から撮ったり
降りたとしても決して車から離れることはなかった。
それでも命を賭けてナッツ屋に寄り、お土産にピスタチオを買った。
ヤザンと運転手がひでのふのために一生懸命値切ってくれた。

イーサンの家に戻ると、懸案だったクエッタ行きの一等エアコン寝台の切符があった。
どうもイーサンが凄い裏技を使って手に入れてくれたんだそうだ。
しかし、裏技を使っても明日発の切符は手に入らず、出発は明後日になってしまった。
さらに、イーサンの家で自慢のDSL回線のインターネットを使わせてもらう。
メールはなんとか送れたが、ぱすこんの設定が無茶苦茶で、色々直してあげたい
所だったが、それほど時間はもう残されていなかった。
最後に、イーサン家自慢の日本製ガスファンヒーターの日本語表示の解説を
頼まれたので、快く引き受けた。

さすがにイーサン家でこのまま泊まるわけにはいかないので、
イーサンにホテルまで送ってもらうことになった。
さすがに超高級 Serena Hotel は予算オーバーなので、Lourdes Hotel と言う
とても安全なホテルに連れていってもらうことになった。
でも、イーサン曰く1泊10000Rsとゆーことなので、この値段で Serena ならと
迷ったのだが、あまり金持ってることをアピールするわけにはいかないだろう。

Lourdes Hotel は一泊2220Rsのお値打ち価格。
広い敷地が高い塀で囲まれており、入口には寝ずの門番だけでなく
機関銃で武装したサイトまである。
イーサン曰く Serena はここよりも安全なんだそうだが、
一体どんな武装をしているのだろうか?
部屋は窓は小さいが、エアコン、冷蔵庫、テレビ、スリッパ、フカフカタオル、
内線電話そして強力な日本製ガスストーブを具える。
シャワーもちゃんとホットシャワーで湯量も十分あるが、暖かくなるまで2~3分
かかり、その上適温になった後もどんどん温度が上がっていくw
トイレは紙があるが尻シャワーがないのが残念だ。

帰り際、イーサンにストーブ付けっぱなしで寝ると酸欠になって死ぬぞと言われたので
寝る前には消したが、十分な枚数の毛布があったので快適に寝ることができた。

結局、フライトキャンセルがこのような僥倖を齎したわけである。
ヤザンとイーサンは、神のお導きだと言っていた。

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【2009/12/17】 オリゼーとパキ | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
思い出し旅行記 オリゼーとパキスタン 12/1 バローチの村へ行くの巻
朝8時半に目が覚める。イーサンから外出るなときつく言い渡されて
いたので15時まで部屋でじっと待つことにする。
ホテルで待っているだけではさすがに暇なので、それほど広くはないがホテルの
周りをぐるりと一周してみることにする。カラチで見たようなカラフルなインコも
いたが、鶴のカップルが来てびっくりした。
そうしてホテルの庭を眺めていたら、はにぃから電話がかかってきた。
昨日のメールの返事が見れなかったので、わざわざ心配して電話をかけてきてくれた。

ホテルでじっとしていてもハラは減るのでルームサービスで昼飯を頼むことにする。
マトンビリヤニとフルーツゼリーとチャイを頼む。
計算が間違っていてなぜか大目の265Rs取られたが、
まあチップと思って特に突っ込みは入れなかった。
食事はどれもパキスタンらしい味。ゼリーはできたてらしく、まだちゃんと固まって
いないと言うことで、冷蔵庫でしばらく冷やしてから食べた。
ゼリーは赤ブドウジュースのゼリーで、青りんごとバナナを刻んだものが浮かべて
あって、とてもひでのふ好みの一品だった。

15時ごろヤザンから電話がある。あと1~2時間でひでのふのいるホテルに行くから
もう少し待ってろとの事だった。
それからしばらくして、イーサンと日村がホテルにやってきた。
ヤザンとは話ができていないようだったので、まずヤザンに連絡してどうするべきか
決めてくれとお願いする。日村はやはりPSPが気になるようだ。
イーサンにホテルで待ってる間暇じゃなかったかと聞かれたが、
PSPがあれば暇はいくらでもつぶせるから大丈夫だと言う。

まずはイーサンが住んでいる高級住宅街の案内をしてもらう。
宮殿やホワイトハウスのような家が建ち並ぶ一角で
クエッタ市内の泥の家とは偉い違いである。
パキスタンはとてもクリケットが盛んな国なので、
ここでも若者がクリケットに興じていた。
詳しい町の様子は連邦軍の軍機に係わるので、これ以上書くわけに行かない。

それから住宅街を抜け、ハンナ湖へ向かう。
道すがらは例の泥の家がぽつぽつと建ち並び、
イーサンが言うにはやはり貧しい人々が多く住むと言う。
確かに、泥で作った家ばかりだ。
泥の家ばかりではなく、リンゴの木も植えてある。
イーサンはこの岩ばかりの山々も、夏になると一帯が緑で覆われるのだと言う。
周りは岩山ばかりでとても想像がつかないが、
日本とはまた違う四期のダイナミックさがあるようだ。
ハンナ湖に行くには、軍の検問所を通らなければならない。
地元民のイーサンは問題ないのだが、外国人のひでのふは黙っていろと言われた。
そうすれば、やはり地元民のハザラ人と区別がつかなくなるからだそうだ。

車はハンナ湖が一望できる、緑色の岩があるところで小休止。
少し写真を撮らせてもらう。少し離れたところに戦闘機があった。
イーサンの話では中国製の戦闘機だと思うとのこと。
湖はあまり水は張られていなかった。乾季だから仕方がないのだろう。
雨季には、今湖べりで遊んでいる子供たちの辺りは冠水するのだと言う。

それから石炭鉱山につれて行ってくれると言うので行ってみる。
凄い砂利道を進むと、確かに向こうに小さなボタ山がいくつも見える。
近隣の家々からは煙が上がっていた。少し小高いところで写真を撮る。
向こうに見える岩山は木が生えていないので、ダイナミックな地層を
観察することができた。日本ではありえない風景である。
石炭鉱山ではトロッコを使って石炭を産出しているとのことなので
ぜひトロッコが見たいと言ったが、さすがにそれは無理だとのこと。残念。

さらに鉱山近くのバローチ人の村に行く。
この村の人々は石炭鉱山で働くのだが、とても貧しい
道らしい道はなく、途中スタックしそうになりながら進む。
村のコドモは、日本では完全にゴミとしか扱われないおもちゃで遊んでいる。
家々では、どうもコークスを作っているようで、生産過程で生じる煙によって
イーサンの車のフロントガラスには、いつのまにかタールのしずくが付着していた。
イーサンは村のおっさん達と長々と話し、何故か卵を10個程、100Rsで
購入していた。どれも日本でみる卵より一回り小さい。

村のコドモの手を見せてもらうと、みな手が真っ黒だ。
ここではコドモも大人と一緒になって働いているのだ。
コークスを作るときに出る煙は当然のように垂れ流しなので、
イーサンもここは健康にはよくないと言っていた。
最後に写真を撮らせてもらう。なぜか女の子は一斉に逃げ出し、
フレームに収まることはなかった。
黒い手を見せてくれたコドモには、鶴を折って進呈する。

普通は見られないところを見学し、ホテルまで送ってもらう。
道すがら一仕事終えたバローチ人のグループが太鼓に合わせて踊っている。
途中小さいほうの息子からはよ帰ってきてと電話が入り、普段は尊厳のあるイーサンも
このときばかりはお父さんで、そのギャップに人情味を感じた。
ヤザンからも電話があったようで、残念ながらヤザンはもうロンドンへ向けて
旅立ってしまったのだそうだ。

ひでのふはホテルに戻り、昼飯と同じようにルームサービスで晩飯を頼む。
晩飯はクエッタ名物ドライフルーツの炊込みご飯と、フルーツゼリーと緑茶を頼んだ。
ドライフルーツの炊込みご飯はそのままでは味が薄かったので、塩と胡椒をかけて
食べた。どうもカレーやカラヒなどのおかずと合わせるのがよさそうだった。



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【2009/12/19】 オリゼーとパキ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
思い出し旅行記 オリゼーとパキスタン 12/2 ジャファールエクスプレスの巻
夜はあまり寝付けなかったが、朝はちゃんと8時前に起きて準備をする。
昨日のイーサンの話では、駅でウロウロするのは危険なので、出発の15分前に駅に
到着するよう迎えに行くと言われていたが、護衛の二人は8時過ぎにはもう来た。
早速チェックアウト。2泊で4440Rsと昨日の晩飯代235Rsを支払う。
あまりギリギリで渋滞でもしていたらどうしようかと思っていたが、駅までの道は
十分空いていて、余裕を持って駅に到着することができた。
護衛の二人は、車内のベッドまで案内してくれた。
お礼を言って護衛の二人と別れる。

昨日の帰り際、イーサンは
「列車に乗ったら喋るな。話さなければお前はハザラ人に見えるので安全だ」
「コジキは無視しろ。金やろうと財布を出したとたん、財布ごと奪われる」
と、旅行中の注意点をいろいろとレクチャーしてくれていた。

車内は最初は4人部屋のコンパートメントだったのだが、家族でひとつの部屋に
したいと言う人がいたので、ひでのふともう一人が2人部屋に移動する。
別れた家族の子供には、記念に鶴を折ってやる。
ちなみに4人部屋の窓は色付きとそうでない窓があったのだが、
2人部屋の窓は色付きではなかったので視界は良好だ。
コンパートメントにはちゃんとクーラーが効いているようで涼しいどころか寒い。
しかし、旅が進むにつれ暑くなってくると十分な効果がないようだ。
トイレはコンパートメント専用のトイレが付いている。洋式だが紙はない。
同室になったもう一人はお医者で、クエッタからラホールに研修に行くところ
なんだそうだ。このお医者も、ひでのふがハザラ人に見えるかと聞いたら、
明確にYESと言われ少し落ち込む。

まずは朝飯。食べていなかったので駅でクッキーと水を買う。30Rs。
さっそくクッキーを食べてみたら、なんとクミンシード味でびっくりした。
JAFFER EXPRESS は定刻にクエッタを出発。
Korpur駅からさっそくボラン峠に差し掛かる。
素晴らしい景色だが、自分の座る右手の方の景色の方がすばらしく
なかなかその景色を写真に収めることはできない。
Mach駅では、クッキーだけでは物足りなかったのでチャイと謎のイモクレープを買う。
イモクレープはとても油っぽい。クレープは20Rs。チャイも20Rs。
Sibi駅では長時間停車。しかしどれほど止まっているかはわからないので
駅の屋台で急いで豆カレーを食べて席に戻る。20Rs。

ここの駅では窓越しにコジキの少女がカネ寄越せとやってくる。
最初はイーサンの言いつけ通り無視していた。
確かに、他の人もまったく無視しているようで、一体どうやってコジキが食を得て
いるのかとても不思議に思う。
しかし、ここからがひでのふの悪いところで、カネをエサにコジキ少女の写真を
撮ってやろうと目論む。しかし、コジキ少女はカメラを構えるとあっという間に
逃げて行き、それからコジキ少女はひでのふに近寄ることはないのであった。
結局Sibi駅には1時間近く止まっていた。

さらに進んだところで車内販売のチャイを買う。20Rs。
お医者はお医者で時間になると毛布を敷いてお祈りをしていた。
コドモが「Who is you?」とかかなり無理のある英語で話しかけてくるが、ふつーの
パキスタン人コドモと、コジキのコドモの区別がつかないので釣れなく去る。
外を見ると、ヒコーキの窓から見えた大地のひび割れがどういうものかが
わかった。5mぐらいの深さのひび割れになっていて、この土地の利用が難しい
ことを物語っている。この辺りは砂漠と言っても礫砂漠で、バラストの取得だけは
容易なようで、何も無いところにレールと無蓋車だけが引き込まれていたが
それ以外の用途に使うことはできないように思えた。

辺りも暗くなってきて晩飯時になってきたが、晩飯は途中で一番大きいRohri駅で
買おうと思っていたのだが、なかなか到着しないので適当な謎スナック10Rsと
チャイ10Rsを買ってごまかす。
そうしたら、お医者に「お前食いすぎだろ?痩せろYOこのウスラデヴ
みたいなこと丁寧な口調で言われる。
ひでのふが日本から持ってきた抗デヴ薬を見せてやると、それがなんの薬効を持つ
薬なのかをばっちり当ててみせて、本物の医者であることをひでのふに証明した。
おかげでこれ以上何も食うことができなくなってしまったのだが、
お医者はひでのふにチャイをおごってくれた。

Rohri駅には結局3時間遅れで到着した。
確かにRohri駅には大きな屋台が出ていたが、ダイエットのために仕方なく見逃す
ことにした。
Rohri駅では機関車を付け替えた。機関車の写真は撮ったが、運転士のじいちゃんは
写真を撮らせてはくれなかった。

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【2009/12/20】 オリゼーとパキ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
今月の密林 2009/12
先月は漫画を大量に買ったわけですが、
その反動で今月は単行本のリリースが全然ありませんw

よって今月はアフタヌーンとCD1枚です。

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【2009/12/22】 アフィリエイト | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
我が家の家計 2009/12
今月の増加分:-96945
今までの増加:333066
車の減価償却引当て:695000
内200000を引き出し、195000を東京都競馬に投資
内200000を引き出し、200000をFXに投資

今月のマイナスは、実はパキスタン旅行に行ったのはあまり影響がなくて
知人に15万貸したのが一番影響が大きかったりします。
一応家計のルールでは貸金や投資の類は一旦家計から
控除することにしてますので、こーなります。

その知人は、借金に関しては強力な反面教師を知っているので
まあなにごともなく清算されるものと考えていますが。

今年のクリスマス関連でもあまりお金は使いませんでした。
今年はコドモへのプレゼントの個数ばかりが多く、
例年に比べなんとなく地味とゆーか
それでも十分おいしい&たのしいなんで満足してしまうのは
やっぱり既婚者かつ子持ちの特権なのかなあと思ってみたりしてます。

あと、来月早々ヴィデオカメラの新調を計画してます。

【2009/12/24】 家計 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
思い出し旅行記 オリゼーとパキスタン 12/3 南京虫との邂逅の巻
朝7時過ぎに起きる。が、自分が今何処にいるかわからない。
ラホールには定刻では8時着なのだが...
お医者もラホールで降りるはずなのだが、まだ起きる気配はない。
しばらくすると、Okara駅に着く。お医者はここはどこだと聞くのでOkaraだと答えると
あと2時間ぐらいで着くだろうとのこと。お医者にこの列車遅れてない?と聞くと
この列車はパキスタンで一番早い列車なので、遅れることなどないと言う。
パキスタン人のお医者も、ラホールに着いても誰も何も教えてくれないのがやはり
心配なようで、ひでのふにしきりにここはどこだ?と聞いてくる。
ひでのふはその度に外に出て駅名を確認してくる。

朝飯は昨日クエッタで買ったクッキーの残りを食べる。
ラホールに着くまでの間、お医者と身の上話をする。お医者はひでのふと同じぐらいの
年に見えたのだが、まだ結婚していないんだそうだ。イスラム教徒は仕事でも家族全員
で移動するのにおかしいなと思ったらそういうことだったのか理解。
そして、医学の勉強が終わるまで結婚はしないと言うことだ。
お医者もイーサンと同じ警告をひでのふにしてくれたが、お医者は
パキスタンの気狂いは日本やアメリカなどの典型的な気狂いと違い
何をしでかすか判らないので本当に危険なのだと付け加えてくれた。
イーサンの言いつけでは、喋るなとのことだったが、お医者が電話口で
「日本人と一緒だから心配するな」みたいな電話をしていたので問題ないと感じた。

ラホールには結局2時間半遅れの10時半に到着。お医者と名残惜しくも別れる。
駅ではさっそくチーターにつかまる。ホテルまではタクシーの相場は100Rsだと
聞いていたのだが、チーターは200Rsだと言う。150Rsまで値切れたが
めんどくさくなったのでそのまま行くことにする。
チーターだけあって、荷物の運び方がとても雑でむかつく。
そしてチーターなので、ひでのふが泊まる予定のナショナルホテルはダメホテル。
俺が安くていいホテルを紹介してやる。と、いつもの手口が炸裂するが
こっちも予約完了なので譲らない。もちろんこのままチーターに着いて行けば
チーターは割高なタクシー代とホテルからのマージンを手にいれ
ひでのふはホテルで荷物を盗まれるとゆー仕組みだ。乗るわけには行かない。
そうしたら、なぜか別のタクシーに乗ることになった。

タクシーは途中道行く人にナショナルホテルの場所を聞きながら進む。
ホテルに着いたら200Rsと言い出し、譲らない。ゴタゴタやっていたら、駐車場に
いたホテルマンがやって来たが、まったくアテにならないので渋々200Rs払う。
実は200Rsは相場で、チーターがあっさり150Rs引いたのは、
コミッションが得られることを前提として引いたのかもしれない。
タクシーの運転手は100Rsはトゥクトゥクの値段だと言っていた。

すったもんだの末ホテルにチェックイン。フロントで名前を確認すると、
なんと本名ではなく、ハンドル名の Hidenov Vonnasky 名義で予約されていた。
フロントは部屋の準備が出来るまでロビーでチャイでも飲んで少し待ってろと言うので
そうする。運ばれてきたチャイはあつあつでこのホテルはよいホテルであることを
確信する。結局10分待たされた後で部屋に通される。

部屋でいっぷくした後、ワガーの国旗降納セレモニーツアーに参加するべく
TDCPのオフィスを探しに出かけることにする。
まだラホールの土地勘が出来ていないので散々迷う。リーガルチョークに行くつもりが
なぜか郵便局に来てしまっていたりする。あまりガイドブックを開いて観光客丸出しに
するのも多少憚られるのでむずかしい。
それでもガイドブックに書かれている住所にようやくたどり着くが、それっぽい場所は
まったくみつからない。仕方なく付近の親切なおまわりさんに色々道を
尋ねてみるものの結局ガイドブックに書かれているところには、空き地になっていた。

仕方が無いのでリーガルチョークのあたりをうろうろし、ハラが減ったので
近くにあった Eat&Sipで飯を食う。サラダとコーラとチキンバーガーで
260Rsぐらい。チキンバーガーがスパイシーでなかなかうまい。
それから、Eat&Sipの反対側にあるデパートみたいなところに行く。
道を渡るべく歩道橋を渡ると普通に人糞があって異様な存在感を見せ付ける。
そういえば、ラホールでは至る所で人糞を見かけた。
デパートみたいなところ、地下が紳士服を扱う店ばかりで、地上は金行だった。
地下の紳士服はスーツ1500Rs、Yシャツ300Rsからと、とても安い。
金行で売られているアクセサリーは、派手過ぎで日本人の好みではない。

TDCPがみつからなかったので、仕方なくラホール駅からバスでワガーに行くべく
ラホール駅にトゥクトゥクで行く。80Rs。
ラホール駅では全然写真を撮っていなかったで、バス乗り場を探しながら写真を撮る。
付近の人々の助けもありワガー行きの4番バスのバス乗り場を見つけることが
できたが...その4番バスは積み残しが出るほどの超混雑バスで、
ひでのふは閉所恐怖症の発作が出るのが目に見えていたので諦める。
一旦トゥクトゥクでホテルに戻ることにする。しかし、ひでのふがトゥクトゥクと
思っていたこの乗り物はトゥクトゥクではなく、クインキーと呼ばれる乗り合いの
トゥクトゥクであることを理解した。行きは80Rsだったが帰りは10Rs。
これはよい乗り物だと思い、ホテル近くのラクシャーミーからデリー門まで行って
みることにした。
その前にホテルでいっぷくしていると、なんか目がチカチカしてきた。
なぜだろう?と考えてみると、やはりこれは光化学スモッグなんだなと理解。
ホテルを後にする前に貴重品を預けようと思ったら、セーフティーボックスの鍵を
渡され、そこにしまえと言われたのでそうする。貴重品は完全にホテルとは
無関係な場所で保存しなければならないと言うことなのだろう。

ホテルを出てのどが渇いたので、近くの生ジュース屋でみかんジュースを貰う。
10Rs。絞ったあと何か粉を入れたなと思ったら、塩だったw
まず、1台のクインキーに声を掛けると、あっち側へ行けと言われたのでそうする。
そこへ行きまたクインキーに声を掛けると、運転手はウルドゥー語なので何を言って
いるのか良くわからないが、たまたま居合わせた英語の出来るお客さんによると
別の場所で乗り換えることでデリー門まで行けることを教えてもらう。
無事サーキュラーロードとの突き当たりで乗換えも完了したが、そのクインキーは
客が少ないらしく、途中で客引きを始めなかなか動かない。何人かの客は一旦席に
座るものの、そのまま別のクインキーを捜しに行く客まで出る始末が。
それでもなんとかデリー門までたどり着く。
デリー門から内側はぐっと道が狭くなり、いかにも旧市街っぽい雰囲気が出てくる。
ここにTDCPの分署があるはずなのだが、やはり見当たらない。

しかたがないので市場を抜けてラホール城砦へ行くことにした。
迷路のような市場を進むが、本当に迷路なので少し迷う。
市場は装飾品屋、カバン屋などなぜか同じ業種の店が固まって営業している。
染色屋なんてのも店を出していて、道端に並べた鍋で染色を行っている。
どの店でもにこやかに話しかけられたり、明らかに旅行者には用事のない店であっても
にこやかに対応してくれるので気分が良い。
はにぃのお土産のためにサリー屋に行ってみるが、どうもショールだけではダメな
ようで、必ず上下とショールの3点セットで生地から仕立てる必要があるようだ。
ちなみに1500Rsぐらい。
市場ではコドモも一生懸命働く。屋台で何かスナックを作っているコドモは
おそらく5~6才と思われるが、背が足りない分は縁石を踏み台にして
一生懸命スナックを作ったり売ったりして働いていた。
城塞に近づき、人通りが少なくなったところで不意に左のポケットを叩かれた
すぐさま一人のコドモがひでのふの前を走り抜けていき、どうもあれは
スリであったことを理解した。残念ながら左のポケットには小銭すらはいって
おらず、結局なんの被害もなかった。

そんな市場を抜け、ラホール城砦が見えてきた。近くのコンヴィニで水10Rsを
買い、公園でいっぷくしていると、へんな爺さんが近付いてきてジキジキ言い出す
何を言いたいのかは理解しているが、まだ死にたくないのでわからない振りを
していたらいつのまにかどこかに消えて行ってしまった。
それから城砦内に入るが急に菊門のあたりが騒がしくなってきたので、近くのホテル
でトイレを借りる。無料でありがたい。しかしここのトイレは完全インド式で、トイレ
内にシャワーがあるのに紙が無い。生まれて初めて紙を使わずに手で処理したが
これはこれでなかなか悪くないんじゃないかと思った。

改めて城砦内へ。写真を撮ったら怒られそうな雰囲気だが、周りを見渡すとみな
写真を撮りまくっていたので気にせず写真を撮ることにする。
なんか衛兵が守っているお墓っぽいものがある。誰のお墓かは判らない。
靴を脱ぎ、持ち物を外に置いてから中に入らなければならないので
気が気ではなかったが、特に問題はなかった。
そして城砦内のモスクへ。靴を脱ぐところで日本語で話しかけられる。
明らかにチーターだ。
モスクで靴を脱ぎ、荷物は靴番に預かってもらった。中に入ると早速さっきの
チーターが話しかけてきた。韓国語で返すと韓国語判りませんと言って
残念そうにどこかへ行ってしまった。
さらに、城砦内の見晴らしの良いところへ行くと、別のチーターがやってきた
同じように韓国語で返すが怯まないので、無視して立ち去る。

入ったのとは反対側の出口から出る。少し露店が出ている。道の向こうには
観覧車が見える。遊園地なのだろうか?ジェットコースターは無いようだ。
露店で女性が民族帽を手に取り、店主と値段交渉をしていたので今後の参考に
なるかと横から見物していたが、女性はポイと帽子を放り出して行ってしまった。
1つ200Rsのようだが、市場でも女の人は手に取って見るだけでまず買わない。
それから城砦の外側をぐるりと周り、ヒーラマンディーの辺りを抜け市場に戻る。
さらにさんざんまよってどこかの門の外に出ると、見覚えのある場所に出た。
ラクシャーミー行きのクインキーもすぐに見つけることが出来、ホテルに戻る。

夜はホテルのレストランで食事。あのチャイのレベルの高さから少し期待した。
レストランで飯を食っているのは警察官が二組と、宿泊者が別にもう一人。
警察官は昼間の親切そうな感じは全く無く、
如何にも賄賂貰いまくってますよってな雰囲気が漂う連中に見えた。
ひでのふはバターチキンカレー、ブラウンライス、サラダ、コーラ、ゼリーを頼むが
残念ながらゼリーが無かったのでナッツアイスを頼む。全部で400Rsぐらい。
どれも量が凄く多い。チキンカレーは大きな肉が2枚も入っていた。
ブラウンライスは3合ぐらいはあるだろうか?カレーはもっとおいしいカレーを
日本で食べることが出来るが、十分おいしい。サラダはドレッシングと言う文化が
無いようで、付け合せのライムとテーブルの塩胡椒をかけて食べた。
アイスは手作り感あふれる代物で、うまい。

ハラも一杯になったところでベッドに入ると、体長5mm位の虫が。
これが噂の南京虫?と思ったが、とりあえず潰す。
実物を見たことがないので良くわからない。
しばらくすると今度は同じ虫が足を這い上がってきた!
これは南京虫であると言うことを確信し、潰して証拠を保存した後、部屋係を呼ぶ。

4Fの部屋からは少々ランクが落ちる6Fの部屋へ。また南京虫が出たら困るなと
思ったので、部屋の電気を消して30分も待つと、また南京虫が!
今度は部屋係とベッドもマットも引き出しも全部ひっくり返し、
他に居ないかと探してみるが結局見つからなかった。
しかし、この部屋に居るわけには行かないので今度は7Fの部屋へ。
同じように部屋の電気を消してPSPをやりながら南京虫の出現を待つが、
1時間ぐらい待機しても出なかったので寝ることにした。もう2時だ...

それでもまた南京虫が出るんじゃないかと気がかりで、なかなか寝付けなかった。

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【2009/12/30】 オリゼーとパキ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
思い出し旅行記 オリゼーとパキスタン 12/4 ワガーのセレモニーを見るの巻
朝8時過ぎに起きる。とてもじゃないがこのホテルで飯を食う気にはならないので
とりあえず外へ出る。ホテル近くのキオスクで水を大小買って部屋に戻る。
30Rsぐらい。
そもそも食欲がないので、チャイだけ飲みに行くことにした。
また別のキオスクではチャイは置いていないとのことでホテルの向かいの店へ。
店内はハエが集るがちゃんと熱いチャイが飲めた。10Rs。
それからTDCPの分署があると書いてあるホリデーインへ。
ここは機関銃サイトもあって警備が物々しい。

ガイジンなので余裕でホテル内に入り、コンシェルジュにTDCPの場所を聞くと
もう帰ったと言われる。ひでのふが日本人だと判ると、このコンシェルジュは
日本語を話してきてビックリした。
コンシェルジュにワガーに行きたいと話すと、ツアーのパンフレットをくれ
パンフレットに書いてある番号に電話するとよいと言われた。
ホテルに戻り、パンフレットに書いてある番号に電話するも繋がらない。
フロントで聞くと、10時半からかもねと言われたので暇を潰しにデリー門へ。
20Rs。

デリー門では昨日は見つけられなかったTDCPのオフィスへの看板を見つけた。
確かにここにあるようで、門番にTDCPのオフィスの場所を聞くと、
係の人を連れてきてくれるというので、それまでデリー門の中を散策する。
外の喧騒とは大違いの豪華な建物だ。しかし今日はTDCPの人は居なかったようだ。
今日が金曜日だからなのだろうか?観光客向けの部署なのによくわからない。

仕方がないので、また昨日に引き続き旧市街の市場を散策。
昨日来た場所なので、あまり迷わない。
昨日見かけた装飾屋でえび柿のお土産の首飾りを買う。土下座を敢行して値切り、
350Rs。イミテーションでないと思い、3500Rs出してしまうが、
ちゃんと350Rsで売ってくれた。正直それほど高いものとは思えないのだが、
やはりこの店に集る女性達も、なかなか買わない。

次にバッグ屋でキラキラのバッグがあったのでこれも買う。ここは負けてよと
軽く言うとウチは値札商売で値引きはやってないと言うので言い値で買う。
500Rs。
さらに進むと日本製のミシンの修理工場がある。トヨタのアンティークなミシンが
あったので思わず写真を撮る。ついでの工場で働く人の写真も撮る。
それから太鼓を作ってるところに行く。ヒマそうな店員が声を掛けてきたので
行って見る。一番小さいのを見せてくれと頼み、実際に叩いてもらうととてもよい音。
しかしこのサイズでも持って帰るのは無理なので、もっと小さいのはないかと聞いたら
どこかに取りに行ってくれた。2セット持ってきてもらうが、より小さい方は全然ダメ
な音だったのだが、少し大きい方はそれほど悪くない。
試しに自分でも叩いてみるが、全然いい音が出ない。どうもコツがあるようだ。
3000Rsのところまた土下座を敢行し2000Rsにする。それでもボラれている
気がしないでもないが。とりあえず契約成立なのでチャイを一杯奢ってもらう。
店員は、店の向かいのチャイ屋の親父に土下座されちゃってさーみたいなことを
言っている。それでも店員はお前の精神力には感心するよと言われた。

そろそろハラが減ってきたのでコッコースデンへ。
しかし昼は営業していないようなので一旦ホテルに戻る。
ホテルに戻りTDCPに電話するが、予想通り誰も出ない。
仕方がないので荷物をホテルに置き、近くのTABAQへ。フライドチキンセットと
今日の生ジュースを塩抜きで頼む。セットにはお馴染みのドレッシング抜きの生野菜も
ついていて全部で400Rs。この値段ではありえないボリュームがいい。
生野菜は大根っぽい何かが乗っていたが、大根のようなエグみも辛みもなく
シャキシャキとしてなかなかうまい。日本の大根もこうならよかったのに。
飯を食っていると、別のテーブルに座ってたおっさんが不意に話しかけてきた。
建設技師の人なんだそうだ。

さっきホリデーインに行ったとき、ワガー行きのツアーは3時頃ホテルを出ると言って
いたので、飛び込みでツアーに参加するべくホリデーインに行ってみる。
もらったパンフレットの電話は通じないことを告げると、ビジネスセンターまで連れて
行かれ、色々電話してもらうものの、どうやっても出ない。
どうもパンフレットも2年前以上の古いものらしく、
それから業者が2回も替わっているのだとのことだ。
コンシェルジュがホテル内の貸切車のアレンジを勧めてきたのでそうする。
2500Rsだが、サービス内容を考えると決して高額とは言えない。
3時にパキスタン国内の車としてはかなりマシなカローラが迎えに来た。
コンシェルジュに、運転手にチップ払ったほうがいいの?と聞くと不要とのこと。
カローラとはいえ、運転手付きの車を貸切るなんて体験はしたことがないので
なんか自分が偉くなった気分になる。

ワガーにはボチボチ人が集まりはじめていたが、まだまだガラガラだ。
インド側は凄い沢山の人が集まっている。
それから運転手はパキスタン人用の席へ、ガイジンのひでのふは特別席へ向かう。
やがて国旗をブンブン振り回す応援団が現れ、パキスタン側も盛り上がってきて
シュプレヒコールをあげはじめる。なんだかインドが連邦でパキスタンがジオンな
感じがする。パキスタン側の儀杖兵の方がなんだか強そうな感じがする。

セレモニーは何故か訳もわからず門を開けたり閉めたりする。そして大声を出し合い
より声が長く続いた方が勝ちみたいなものもある。パキスタン兵は歩くのがとても
早く、写真を撮るのが難しい。そしてパキスタン兵が足踏みする度にアスファルトの
道路から砂煙が上がる。足を踏み降ろす威力がとても大きいと言うことだ。
インドに負けないよう、パキスタンの国民が一生懸命やってる感じがして
なんだか感動してしまった。

やがてやたらもったいぶって旗を降ろすとセレモニーは終了。
日本人かと思ったら韓国人の女子の写真を撮ってやる。
車でホテルまで送ってもらったら、超過料金40Rsみたいなことを言い出すので
仕方なく払う。よってチップ寄越せと言われたが、やらなかった。

ハラも減ってきたので、ラクシャーミー近くの露店方式の飯屋に行くが
まだ人が入っていない。今回は飯を食うべく旧市街の市場へ。
適当にうろついていると、丁度駄菓子の卸屋があったので飴を買う。150Rsから
負けないよと言われたのだが、なぜか謎に10Rs負けてくれた。
ヒーラマンディの辺りをうろつくと、妙にライトアップされた通りや建物が立ち並ぶ
一角があり、男達がベンチに座って寛いでいる。
ここはなに?モスク?と聞いてみるが、なんのことはない、タダの家のようだ。
帰りがけ、Moti市場で謎ナッツ1kg800Rsとおっさん豆400Rsを二つ買う。

クインキーでラクシャーミーに戻ると、さっきの露店飯屋にかなり人が入っていた。
さっそく座り、注文を試みるもメニューが全てウルドゥだったがなんとか頼む。
何を頼んだのかよくわからないのだが、とりあえず突き出しにいつものサラダ
そしてチキンの炒めたのとチャパティが出てきた。
チキンの炒めたのは辛くて臭くてとてもうまい。全部で400Rsぐらい。
飯を食っていると、調味料のビンをチャカチャカ鳴らしながら歩くおっさんを
何人か見かける。よく観察していると、それは流しのマッサージ屋だった。
それを皮切りに流しの商人が次から次へと来るので飽きないが、
何か興味深いものを売ってる連中は一人も居なかった。
コジキのおばちゃんがやってきて、飯を食ってる連中に金をせびり始めるが
もちろん誰も無視して相手にしない。しばらくすると店員がやってきて
客の残り物のチャパティに、これまた残り物のおかずを包んで渡すと
コジキはどこかへ去っていった。そしてひでのふはコジキがどうやって生計を
立てているのかを理解した。
最後に、明日のワガー行きのためにATMで金を卸す。
PLUS のマークも Cirrus のマークも無いが、あっさりと金を引き出すことができた。

部屋に戻りシャワーを浴びるが水しかでないので我慢して浴びる。
フロントに電話するも結局誰も来なかったのでそのまま寝た。

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