思い出し旅行記 オリゼーとアルバニア 4/13 世界遺産に泊まるの巻

朝飯はホテルの朝食。アルバニアはカッテージチーズがうまい。
パンも大きくてゴマの風味が効いててこれもうまい。朝食の後は少し町を散歩。
海までは遠いかなと思っていたのだけれど、意外と近かった。
少し海岸線に出るまで戸惑ってしまったが、独立広場の横の方から行くことができた。
波も景色も穏やかな瀬戸内のような風景だ。

海岸線から戻る途中にマクドナルドのパチモンである Kolonat を発見。
昔は完全にロゴがマクドナルドのパクリだったのだが、Durres で見かけた店には
それがなく、ようやく Vlore で見つけたのでうれしくなって写真を撮る。
ついでに店に入ってペプシを頼む。160Lek なので相当お高い店とゆーことなのだ!
ペプシを受け取るときに少しこぼして、驚いて少し大きな声を出してしまったら
横の扉から男店員がすっ飛んできたw
そしてこぼしたペプシはすぐに注ぎなおしてくれた。やっぱり高い店だw

ホテルに戻り荷物を取ってバス乗り場へ。めんどいのでタクシーを呼んでもらう。
運ちゃんが 300 と言いかけたところをホテルのおじいちゃんが 400 と言いなおした
ので、400Lek になっちまう...
Berat 行のバスはすぐに見つかった。乗客はそれほど乗っていなかったけれど
バスはそれほど待たずに出発。
途中、Fier に寄って、昨日 Vlore 行の Furgon を捕まえた向かいに止まる。

Fier までは高速道路を使って順調に進んだのだけれど
Fier から先は結構な悪路。途中石油掘ってるところを見かける。
バスは Berat 大学から少し離れた幹線道路上に止まり、ひでのふだけを下ろした。
バスはこの先もしばらく走るようだ。
とりあえずトイレに行きたくなったので、近くのカフェでエスプレッソ。
ドッピオ!」ってゆったらちゃんと通じてなんか嬉しい。
今日から泊まる予定の Nonaj House は予約をしておらず飛び込みだw
しかも、宿の場所をきちんと把握していない状況だ。

とりあえず荷物を引っ張って Mangalem 地区に向かっていると
ヤサ男風だが虫歯だらけのガキと、もう1匹別のガキがしつこく着いてくる。
ガキは地の人とも親しげに話しをしているが、英語でしゃべりかけてくる時点で
すっごく怪しいので超アヤシイのであまり相手にしないが
何人か別の大人の助けを借りて、辛うじて宿にたどり着く。

しかし、宿は予約が無いと門にカギが掛かっていて中に入れないw
たまたま通りすがりのおっちゃんが、宿の人とコンタクトを取ってくれて
ようやく中に入れた。ガキはカネをよこせと言ってきたが
宿の人にキツく言われてどこかに逃げて行ってしまった。
盗まれたものもなさそうで、一安心。

宿の人の名前は Papi。還暦を過ぎたあたりのおじいちゃんである。
宿は完全に Papi おじいちゃんの自宅であり、中は清潔に保たれているけれど
建物自体は世界遺産の一部である。Papi おじいちゃんは建物の中を色々と
説明してくれる。中世そのままの文化が現在に息づいている。
Papi おじいちゃんは宿の準備を急いで行い、ウェルカムドリンクとして
トルココーヒーを一杯淹れてくれる。さっきまでガキの相手をしつつ
重い荷物を担いでウロウロしていたのでほっと一息つく。

部屋に荷物を置いて町に出かける。
まずは町の散策。共産趣味の建物が良い感じに残っている。
ハラが減っていたことを思い出し、適当なピザ屋でピザを食う。
全部入りと主張する Lemi と言うピザとカプチーノを頼む。
カプチーノはクリームがたっぷり乗ったすっごいのが出てきたw
ピザは焼き上がるまで 20分以上は掛かったかw
これまたデカいピザが出てきたので、耳は食べずに残す。

次に町にあるはずのワイナリーを探すがみつからない...
とっとと諦めて Gorica 地区に行ってみることに。
まずは Berat 島のすっごい長い坂をずんずん登っていくが、
いくら登っても終点が見えず、行っても何もなさそうだったので途中で引き返す。
しかし、かなり高い場所まで登ることができたので、町を一望することができた。
こんな長い坂なのに、アルバニアの人はあまり車を使わず、みんな歩いている。

Gorica 地区を歩いていると、対岸の山の中腹に教会が見えたので行ってみることに。
道は間違えなかったが、かなりの階段を登る必要があってちょっとキたw
残念ながら門にカギが掛かっていて教会の中には入れなかった。
一旦宿に戻るが、門にカギが掛かっていて入れない。
事前に電話番号を確認してあったので Papi おじいちゃんに電話してみるが
英語が通じないのでどーにもならなかったw
渡されてあった部屋のカギに、複数のカギがついていたことを思い出し
そのうちの一つで門のカギを開けることができて、無事中に入ることができた。

夜になるまで部屋で時間を潰し、暗くなってから晩飯を食べに出かける。
Gorica 地区のオープンエアの良い感じのレストランがあったのでそこにする。
メニューを見てみると、昨日 Vlore で見た謎どうぶつを示すであろう「I PJEKUR」の
文字を見つけたのでさっそく頼んでみる。何のことは無い。正体は子羊でしたとさw
肉自体に味はついていなかったので、塩とオリーブオイルを掛けて食べる。
ビールは Tirana 。なんか地ビールみたいな感じの味わいでおいしい。
グリーンサラダはなぜか長ネギがはいっていた。
こんだけ食って 1000Lek ちょっと。やっぱり外食は安い。

その後夜の町を探索する。ワイナリーは見つからなかったけれど
スーパーで Berat 産のワインを売っていたので5本で 3000Lek 分買い込む。
ついでにジュース 70Lek と、別の店でプリンアラモード 50Lek を買って宿へ。
宿に戻ると Papi は自分の家に戻ってしまっている。
常夜灯だけではちょっと暗くて、家の段差で躓いてしまったw
シャワーが香港式なのはちょっといただけないが、洗濯してから寝る。

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【2015/05/01】 オリゼーとアルバニア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
思い出し旅行記 オリゼーとアルバニア 4/14 ベラート観光の巻
朝は Papi おじいちゃんが8時に飯だと言うのでそれにあわせてゆっくり起きる。
朝飯はゆで卵にフェタチーズと生野菜とたっぷりのパン。
生野菜はドレッシングなんてものは無いのでチーズと一緒に食べる。

朝飯を食ったらさっそく Berat 城へ向かう。
Google Map を見て裏道から登って行ってみたのだが、こっちから行く人はほとんど
いないようだ。しかし一般住民の生活が垣間見えてとても興味深い。
ごみ収集人の人にもしっかりあいさつされてしまう。
この裏道、途中からは完全な山道になり、鶏が放牧されているのも見受けられる。

城の正門にたどり着くと、それまでとは打って変わってとても立派な門が見えた。
城の中に入ろうと思うと、以外にも入場料を取られる 100Lek。
城の中は小さな町になっていて生活感すらある。そこで飼われている一匹の雄鶏が
谷の向かいの犬と鳴き声で張り合っている。そんな風景を写真に収めていると
急にカメラの調子が悪くなって少し焦る。

昨日 Gorica 地区から見えた城の出っ張り部分からの景色はやはり素晴らしい。
一か所トーチカのような場所が袋小路になっていて、そこはトイレと化していたw
試しに城壁に登ってみたりもしたけれど、手すりも無くて腰が引けたw
観光客もぼちぼち来ていて、別のグループに写真を撮って貰ったりもする。
城内にはトイレが見当たらなかったので、その辺で立ションしていたら
近くにおじいちゃんがジュースを売っていてちょっとアセるw
別のジュース売りのおじいちゃんが熱心にいろいろ説明してきて
日本人は金持ちなんだよね的なことも言ってきたので
ジュースを買ってやったら 200Lek もボッタくられてビビるw

その後城内の博物館へ。中は元々教会で、イコンも素晴らしいが、それよりも
イコンの額縁が凄いってことらしい。そしてここは撮影禁止の上、警備員がしっかり
見回っているので写真を撮ることはできなかった。
ここにはちゃんとトイレがあって、入場料 200Lek。
英語の説明書きを貸してくれるのだが「日本語は無いのか」って聞いたら
やっぱり無いってゆわれたw

博物館を出て少し下ると、ちいさな商店街になっている。
ジュースはここで買った方が安いだろうし、何より冷えているw
城門内のお土産屋でアルバニアンバッグを3つ買う。大が 700Lek で小が 500Lek。
3つ買ったけど、負けてはくれなかったw

帰りは石畳の長い坂を下り、次は Berat の民族博物館へ向かう。
大きな家をそのまま博物館に改装した、ちいさな郷土資料館と言った趣。
キュレーターのお姉さんが喋る英語の素晴らしさになぜかホッとする。
博物館は確かにここにイスラム文化が根付ていたことを示している。
Papi おじいちゃんの宿も同じ雰囲気があるが、
生きているのものと標本を飾っているものぐらいの違いがある。
なぜかここで妙に眠くなってしまったので、ソファーでうとうとする。

昼飯を食べに町に向かう。途中 Cobo の高いワインを見つけたので帰りに買う。
昼飯はテキトーなカフェでテキトーにキョフテを頼んだ。100Lek。
2つしか頼んでいないのに、パンは3枚も来た。
でもそれだけでは足りなかったので、隣のサッカー狂の親父の店で
バニサ(チーズパイ) 30Lek を買う。安くてボリュームのあるアルバニアの国民食だ。
親父はひでのふが日本人だと判ると名前を聞いてきたので、
中田と同じヒデトシだと言うと「オー!ナカータ!」と言って完全に理解していた。
親父の店のバニサは宿にもって帰って食べて、眠くなったので少し寝る。

目が覚めてワインの梱包を本格的に考え始める。高いワインの店でフカフカの
ロールナプキン紙を大量に仕入れていたので、それを止めるための紐を
昨日の夜ワインを買ったスーパーで発見したので買う。3本で 300Lek。
それから町の奥の方を散策したあと、バス 30Lek に乗って Mangalem まで戻る。
宿に戻ると、Papi おじいちゃんがひでのふの洗濯物をわざわざ庭に
干しておいてくれた。

ついでにコーヒーもごちそうになり、またテキトーな会話で
明日は Gjirokaster に行くと言うと、バスターミナルまでのタクシーの手配と
Gjirokaster 行のバスの時間を調べて教えてくれた。とても助かった。
コーヒー飲んで元気が出たので、ワインの梱包に取り組みはじめた。
思った通りに上手くは行った。あとは割れずに日本まで帰れることを祈るばかり。
それから暗くなるまで部屋でうだうだしながら日記を書いたりする。

晩飯は昨日 Gorica 地区に行ったので、今日は宿の近くの Guva に行ってみる。
中はとても広く現代的でオシャレである。の割に客は一人もいないんだがw
メニューも軽食ではなく、ちゃんしたレストラン。
豚肉のピカンテとツナサラダとビールは Peroni をオーダー。
今晩も世界遺産を眺めながら飯。不味いわけないよねw ピカンテの辛さも心地よい。
イスラム国家で豚肉を食って少し背徳感も味わう。今日もこれで 1000Lek ちょい。
宿に戻ってシャワーを浴びて日記書いて寝る。

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【2015/05/02】 オリゼーとアルバニア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
思い出し旅行記 オリゼーとアルバニア 4/15 コリアン系アラフォー女子の巻
朝は少し早目に起きて準備をしてから軽く朝飯。今日は生野菜が無い代わりに甘食が
ついてきた。Papi おじいちゃんが呼んでくれたタクシーは時間通りにやってきて
Papi おじいちゃんはわざわざタクシーに乗るところまで送ってきてくれた。
黄色のベンツのタクシーは、5分と経たないうちにバスターミナルへ。300Lek。
8時発の Sarande 行が Gjirokaster を経由すると言うので、これに乗る。

バスは定刻通りに出発。最初は客は少なかったが、先に進むにつれて混んできて
最後は満席になった。バスは窓が白く塗られてしまっていて、せっかくの車窓も
あまり楽しむことはできないようだ。何も見えないし、やることもないので、寝た。
道路は通りやすいところとそうでないところがあるようだ。

結構進んだところで1回だけ休憩が入ったのでジュースを1本買ってトイレ。100Lek。
よくよく見てみればなかなか眺めの良かった場所なので
写真を撮ろうと施設の奥の方まで入ろうとしたら軽く怒られたw
バスの中には何人かコドモが乗っていて、ヒマそうだったので鶴を折ってやったら
これが大好評で、他の何人かにも鶴を折ってやった上に
コドモとコドモのお母さんに鶴の折り方を教えてあげたw
ついでに、前の席に座っていた兄ちゃんにも教えてやった。
そんなことをしていたら、あっという間に Gjirokaster に着いた。
結局 Berat から Gjirokaster までは4時間かかったようだ。

バスを降りると、なぜか自分が泊まるホテルを知っているタクシードライバーが居て
さらになぜか謎にアジア系アラフォー女子が乗ってきた。ひでのふが
「どこから来たんですか?」と聞いてみると「Japan」と返してきたので
日本語で喋りかけたら、彼女も日本語で「私は日本人じゃありません」とか返してきたw
女子の正体は韓国系アメリカ人だった。

女子も訳がわからないままこのタクシーに乗ったらしく「これ本当に大丈夫なの?」と
心配していたが「ドライバーは1人。我々は2人。だから大丈夫だよw」と宥める。
5分ほどで今日の宿の Kotoni House に到着。坂道だからか 400Lek。
ボられている感じはしなかった。

チェックインして荷物を置くと、さっきの女子が待ち構えていて
このあと一緒に行動するか、それとも別々に行くかあなたの好きにしなさいと言うので
袖摺り合うも多生の縁との諺の示す通り、一緒に行動することにした。
このコリアンアラフォー女子の名前は Ashley と言うそうだ。韓国人なのにw
ちなみにカルフォルニア在住だそうだ。

Ashley はなんと 69日間の旅で、今日は15日目なんだそうだ。
アルバニアに来る前はマケドニアに居たと言っていた。ひでのふがこの旅で使った
航空券の料金が10万円しないね言う話をしたら、それは安い!と驚いていた。
Ashley はどうも Berat から日帰りで Gjirokaster に観光に来ているようで
3時半のバスに乗って Berat に戻る必要があるそうで、あまり時間が無いとのこと。
ひでのふは気が付かなかったが、Berat から同じバスに乗っていたそうで
鶴を折って得意満面のひでのふも「ちゃんと見てたわよ!」と言われてしまう。

とゆーことで早速 Gjirokaster 城に向かう。
城の入口では Berat と同じく入場料を取られる 200Lek。
Berat と違い、城の建物の崩壊はあまり進んでおらず、ちゃんと天井がある。
入口入ったすぐは、大戦前から使用されていた大砲だの戦車だのが置かれていて
男の子としてはなかなか見応えのある展示になっている。
後は屋外に Mig かとおもいきや
T-33 とゆーメリケンのスパイ機の残骸も放置されていた。

外に出てみると、Gjirokaster で一番の高台であるお城からの眺めは素晴らしく
Ashley はバンバン写真を撮っているので、それにつられてひでのふも写真を撮る。
しかし、Ashley は超絶気が強そうに見ても女子なので、暗いところは苦手w
また、何の気もない城の階段や、家の屋根、劇場のつくりなど、古い建築物に
とても興味があるようだ。

次は Aqueduct の遺跡を見に行こうと探すが、全然見つからないw
Ashley はお構いなしに英語でバンバン住民に話しかけるが、
結局要領を得ないで諦める。
Ashley はお土産屋さんでも目的地の場所をガンガン聞きまくるが
「後で買うわw」と言って結局買わないで済ますw
実際にお土産は買いたいと思っていたようだが、結局買う時間が無かったようだ。

次は Skenduli House と言う昔の家に行く。Ashley が行きたいと言ったのに
なぜか Ashley は足が痒いと言って中に入らなかった。
多分その虫刺されは南京虫なんだろうけど、Ashley は強く否定していた。
古い家なのに、家の中には防空壕があったり冷蔵室がある一方で
さらに部屋が沢山ある上に2世帯住宅且つ男女の別がはっきり別れているのが面白い。
ちなみにこの家は、かの独裁者ホッジャが接収して博物館として改装し
民主化された後に元の持ち主に返されたんだそうだ。
今はこの家にはだれも住んでいないが、この家の元の持ち主のお姉さんが
かなり細かい説明をしてくれてとても良かった。

次は Kadarese House と言う、他の家とは少し色合いの異なる黄色い家に行く。
ここは中には入れなかった。現役で使用されている家なのだろう。
ここも行くときに少し迷ったが、メリケン人の団体にくっついていったら見つかったw
相変わらず Ashley は写真を撮るのに夢中でコケそうになったので手を貸してあげた。

ここへきて Ashley はバスの時間をとても気にしだしてきた。まあ1日1本だからなw
Ashley はいろんな人に英語で聞いて回るが、もちろん要領を得ないw
運よく一人のカラテマンに英語が通じて、紙にバス停のある場所をアルバニア語で
書いてもらい、今度はその紙を人々に見せて回ることで、ようやくバス停に
たどり着いた。なんのことは無い。我々がバスから降りた場所だw

そしてバスの時間は3時半では無くて4時。これがアルバニアだ!
思いがけず時間ができたので、近くのファストフードで昼飯。
Ashley はベジタリアンだと言うのでバニサを勧める。ひでのふはスブラキとソーダ。
Ashley のバニサは奢ってやる。30Lek だしなw
テーブルが汚れていたので、持参のおしりふきを貸したらとても喜ばれた。
ついでに、化粧水を使うに何枚か欲しいと言うので進呈する。
さすがにバスを待つのまでは付き合えないのでここでコンタクトを教えて立ち去るが
ここまで付き合ったひでのふはジャパニーズジェントルマンだと褒められたw
しかし、情けは人の為ならず。ひでのふは明後日乗る予定の Kakavia 行の
バスと乗り場を発見したのであった!

宿に戻ると宿のご主人と奥様が出迎えてくれる。
とりあえずコーヒーを飲んで一服する。
夕暮れになってきたところで新市街の方へ飯を食いに行ってみることに。
旧市街の店はなんとも観光客向けの店ばかりで面白くない。
とは言え、新市街はレストランの数自体がとても少なく、
良い感じだなと思って入った店は、ここでは飯は食えないと追い出された。

結局、別の如何にも現地系の食堂で晩飯を食べることにした。
もちろん英語のメニューなんかないんだけど、そこは気合でお勧めを頼むw
それとサラダとビールは Corsa。これはギリシャ系のビールだ。
サラダはキュウリがメロンのように甘くてびっくりする。
お勧めで出てきたのはなんと牛のモツ煮込み Pace koke。
味が薄いので塩をかけて食べる。

帰りにスーパーでワインがたくさん売られているのを見たのでワインを2本買う。
あとヒゲ剃りとお土産のゼリーのお菓子を買って帰る。
宿に戻ってから風呂に入って寝る。

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【2015/05/03】 オリゼーとアルバニア | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
思い出し旅行記 オリゼーとアルバニア 4/16 ジロカストラ観光の巻
朝はゆっくり起きる。朝飯は8時から。狭いロビー兼食堂兼リビング兼廊下で飯w
豪華に目玉焼きが3つも出てきた! しかし野菜は無い。
まずは水と現金の入手に Old Bazzar に向かう。
水はすぐに手に入り、現金もなんとオイロが入手できたので(それもJCBで!)
100 オイロをゲットした。
そして土産物屋で土産を買う。色々吟味して選んだが、結局 5000Lek も使った
おまけでホッジャのマグネットを貰ったついでに、店番のお姉さんに
「ホッジャ好きなの?」って聞いたらすっごいイヤそうな顔をされたw

今日の観光はまずは宿の近くの Zekate House に行く。入口にはおじいちゃんが
一人いて、どうみても人ん家なんだけど手招きされたので入る。
中は昨日と同じ Skenduli House をショボくした感じ。
旧市街一番の高台にあって眺めは素晴らしいんだけど、離れた場所にあるので
客の入りもなんか少ない感じ。タダで入れるのかな~とも思ってみたけれども
おじいちゃんは帰りにしっかり 200Lek 請求してきたw
ついでに犬にも吠え立てられる。そこはさすがにおじいちゃんが止めてくれたが
多分カネを払わずに逃げるとあの犬に襲われるって寸法なんだろうw

さらにそこから上の方を目指して歩いてみる。そしてこっから落ちたら絶対死ねる
って感じの大崩を見に行く。大崩を近くで見るとゴミだらけで、せっかくのこの
雄大な景色がすごいもったいないことになっている。
道はまだ先に続いているようであったが、そこから引き返す。
坂を下って大崩の一段下まで行ってみると、
ずいぶん立派なお墓とゆーか石碑があった。
大崩の崖の反対側では、羊が草を喰っていた。崖なのに器用なものだ。

さらに下に向かい、砂漠地帯に行ってみるとそこは採石場だった。
喉が渇いたので近くのスーパーでジュースでも買おうかと思ったが、
冷えていたのは牛乳だけだったので、それを買った。
飲んでみたら、ノンシュガーの飲むヨーグルトだったw
このスーパーは Gjirokaster 産のワインが充実していて、
昨日の夜寄ったスーパーよりこっちで買えばよかったなと後悔する。

今日も学校帰りのガキにチーノ攻撃を受けたので、写真を撮ってやると
4人中2人が逃げたw
それから大崩を下から眺められる橋に行ってみた。
やっぱりゴミだらけだけど、こんなところに渋い Cafe があった。
残念ながら、営業していないようであったが。

一度宿に戻って荷物を整理し、昼飯を食べに行く。
特にアテは無かったが、昨日呼び込みをしていた Old Bazzar のじいちゃんの
食堂に行く。とりあえず qifqi と赤のハウスワイン。 400Lek。ちょっと観光地価格。
qifqi は味がしなくてチーズも頼むべきだったと後悔。
赤ワインは軽いけどうまい! アルバニアワインは期待できそう...
店のじいちゃんは「この店はここで一番古いトラディショナルレストランだ」と
言っていた。営業熱心はアルバニア人はここ以外では見かけなかった。

今度は城の裏側を攻めてみる。
城の裏側も大崩になっていてやっぱりゴミだらけなのだが、流れている水はきれいだ。
裏側にはあまり観光客も来ないようで、一般住民の住む家以外見るものは無いが
崖に架かる小さな橋がとても良い感じ。
そして、城の中腹まで来ると昨日は気が付かなかったこれまた良い感じのトンネルが
表まで続いていた。多分これが昨日見つけられなかった Aqueduct なのだろう。
案内板が指す Aqueduct とは逆の方角だがw
※ このトンネルは Aqueduct じゃないですw

さらにそこからソポッティ教会を目指す。
行く途中でハローと声を掛けてきたロリに鶴を折って進呈するが
残念ながらあまり良い反応はなかった。
教会では本当に何かの儀式が行われていて、とても中に入れる雰囲気ではなかったので
庭だけ見学して外に出ると Gjirokaster 1デカいホテル Hotel Cajupi の近くに出た。
フレンドリーな警察官に挨拶をされたのでこちらも返すが
その後ジプシーに見つかってしつこくつきまとわれたので全力で逃げた。
あいつらはヤバい!

その後少し小腹が空いたので、テキトーな Old Bazzer のレストランで軽くつまむ
つもりが、軽食は今の時間やってないと言われ謎スープとパン。
スープはぬるかったけれど、スープに付いてきたレモンを絞って汁を垂らしたら
ぐっと味が引き締まって美味しい。400Lek だからやっぱり観光地。

さらに水を買い足してホテルに戻り、コーヒーを貰う。
宿のご主人夫婦は編み物をしていて、旦那さんがデザイン、奥様が編み物をと
夫婦仲良く協力し合って編み物を作っている。
彼らが何を会話しているかはさっぱりわからないが、仲が良いのは伝わる。
ついでに、明日のアテネ行について相談する。
8時にアテネ行のバスが出るからそれに乗れと。
それに間に合うようにタクシーも手配してくれた。

最後に城から夕陽を眺めて締めにしようかと思い、もう一度城に向かう。
時刻は7時半でいい加減暗くなっていたが、中にはまだ入ることができた。
昨日登り忘れた城の屋根に上ってみると、
なんと世界遺産の城の屋根の上で羊飼いが羊に草を喰わせていたw
しかし、もうここは閉めるから出ろと言われて仕方なく出る。
確かに出た後に、屋根に向かう門のカギと裏口の門の鍵が閉められていた。
もしかすると、普通は行かれない場所だったのかもしれない。

残念ながら、夕陽を見るには少し遅かったようだ。
そして入口の門を閉められてしまってはかなわないと少し心配したが
門番は大丈夫だから見て来いとジェスチャーをしてくれた。

最後の晩飯はオープンテラスの城が見えるクソ高そうな店。
しかし、実際はそれほど高くもなく、ハウスワインの赤 0.5リットルと
おすすめのデザートまで頼んで 1200Lek。世界遺産を見ながら(以下略)
そしてこの店もなぜかガラガラ。ウェイターはきちんとひでのふの動向を把握していて
デザートはちゃんと食後に出てきた。ワイン 0.5リットルも飲んでほろ酔いだったが
最後のアルバニアの夜をこれで締めた。

宿に戻るとおっさん二人がドミノをやっていたw
ドミノが賭け事に使えるとは知らなかったよ。

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【2015/05/04】 オリゼーとアルバニア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
思い出し旅行記 オリゼーとアルバニア 4/17 アルバニア出国の巻
朝は少し早めに起きて朝食。
実は一つ下の階に立派な食堂があって、そこで急いで食べる。
チェックアウトで宿泊料は2泊で 50オイロだった。
その上、奥様が昼飯にとリンゴとビスケットをくれたので、
お礼に日本から持ってきた抹茶のキットカットを進呈した。

タクシーの運ちゃんは一昨日 Ashley に Berat 行きのバスを案内してくれた
おっちゃんだった。車の中では津波大丈夫か?とか言われる。
とりあえず、国道の旅行代理店の前で降ろされる。400Lek。
代理店の威勢のいいおっちゃんに切符を切ってもらうが、
客と従業員に何かを一方的に捲し立てていた。

バスを待っていると、一人のおじいちゃんが Permet に行きたいと訪ねてきた。
しかし、代理店の待合で英語を理解できるのはひでのふだけで
そのひでのふは Permet なる場所の行き方は不明である。
結局そのドイツから来たと言うおじいちゃんは目的の情報を得ることができず
残念ながらどこかへ消えて行ってしまった。

バスは8時ちょい過ぎに代理店の前に停車した。
バスはそれほど混んではおらず、隣の居ない席を確保することができた。
客の入りは7割ぐらいかな? そろそろ出発と言う時に乗客がみな外を見ているので
一緒に見ていると、なんと代理店のおっちゃんが警察に逮捕されていた。
かなり手荒に扱われていて、代理店からも心配そうに人が出てきていたが
なぜ逮捕されたのか理由はまったくわからない...

バスは1時間もしないうちに Kakavia に到着。道は快適そのものだった。
とりあえず乗客は全員トイレに行っているので、売店のトイレを使うと
店からも他の客からもトイレ使うならなんか買え!と言われ
その上順番を抜かされそうになるw
ちと焦っていたせいか、トイレにパーカーを忘れてきてしまったw
店ではコーラ 500ml を買う。1.2オイロだから日本と同じ値段だw

バスの通関は9時まで始まることは無く、始まってからも遅々として進まない。
全員分のパスポートが回収され、通関が終わると今度は全員分の荷物の開被検査だ。
これじゃあ時間がかかるはずだw そんな感じで通関には2時間もかかった。
ギリシャ側はアルバニア側から坂を少し下ったところにゲートがある。
パスポートはそこで返却を受けることができた。いつも返ってくるまで緊張する。
今度は入国時と違ってちゃんとスタンプも押してあったw
ギリシャ側はトイレも無料で使えた。入国管理官のおっちゃんが
「日本人はノービザか?」的な事を同僚に聞いていてちょっとアセる。

バスの中では近くに座っていた、タラちゃんと言う青年に興味を持たれたので
鶴を折って進呈する。ギリシャ側に入った頃には時差もあるが12時を過ぎていて
リンゴを食べたりおかきを食べたりしていたら、ドライブインで休憩となった。
後にも先にも休憩はこの1回だけであるw
多少ハラに物がはいっていたので、デザートのクソ甘いアイスコーヒーと
バニラクリームを買ったら 4.5オイロもしてビビるw ギリシャ物価高い!
店に Wifi もあったが、上手く使えなかった。

それからしばらく進むと、大きな Rion-Antirion 橋が見えてきた。
この橋を渡ると、ぐっと道が良くなるとは言え対向1車線の高速道路なのに
みんなバンバン追い越しをしていくのが恐ろしいw
一応2車線になるよう工事中なのではあるが、まだ工事中のようだ。
鉄道路線も見えてはいるが、絶賛リハビリ中でまだ完成していないようだ。

アテネまであと 80km ってところのバス停で一旦止まって客を降ろす。
そこからちょっと先に古い運河があるのを教えてもらったが
残念ながら写真は撮り損ねたw
そんなことをしているうちに、タラちゃんは Pireas で降りて行った。
アテネまではもうすぐだ。

アテネはどこに到着するのか判らなかったので気が気ではなかったのだが
Kifissos ではなくて旧アテネ駅前についたw
ここからなら歩いて行ける距離なのだが、バスは止まる予定(と勘違いしていた)
ホテルの前を通過してちょっと悔しい感じw
バスを降りてそのホテルに向かってみるが、自分の止まるホテルと同じ系列の
別のホテルであったので、場所を教えてもらう。
アテネは斜めの道が多くて少し迷ったが、まあなんとか着いた。

先客がキャンセルだなんだですっごいモメており、しばらく待たされる。
てゆーかフロントの兄ちゃんが普通に怖いw
カードはなんでも使えるよ!と豪語していたが、やっぱり JCB はダメだったw
まずは明日の空港行きのために Omonia 駅に行って確認。
ついでに 40オイロを卸す。
晩飯は Omonia 近くのファストフードぐらいしか開いていなかった。
スブラギと串肉とビールで 7.7オイロなんで凄く高い。
それから部屋に戻ってシャワーを浴びて寝る。

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【2015/05/07】 オリゼーとアルバニア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
思い出し旅行記 オリゼーとアルバニア 4/18~19 アテネ早足観光の巻
朝は適当に起きる。朝飯が7時からとゆーので、それに間に合うように食堂に行く。
なぜかカギを見せても食堂には入れず改めてレセプションで食券をもらう謎システム。
朝食は30オイロの宿泊料金の割には充実してたんじゃなかろうか。
久々にてんこもりになっていた濃ゆいヨーグルトをしっかり食す。

荷物を整理してチェックアウト。特に追加料金とかは無し。
手荷物は地下の手荷物置き場に置いて行って良いとのことだが、
カギも何もかからない部屋なので少し不安になる。
まずは1日乗り放題切符を手に入れるためにomonia駅へ。切符はさくっとゲット。
それから6番のトロリーバスに乗り、monasriraki まで行って、
そこからパルテノン神殿を目指すことにした。
とりあえず、バスの一番前の優先席に座り、まわりのおじいちゃんおばあちゃんには
目もくれずに地図と見比べながらmonastrirakiを目指すが...
しばらく進むと、今自分がどこにいるのか見失ってしまう。
環状線だと思っていたバスは、結局終点で降ろされてしまい途方に暮れるw
まあ、これも旅だなw と思って気にしないで折り返しのバスを待つ。
バスの車内にはよく見るとちゃんと路線図が貼ってあったw
これでなんとか地下鉄の駅までは行けそうだと思ったが、
やっぱり一駅分乗り過ごしてしまうw

地下鉄の1号線に乗り monastriraki まで行く。
地図で見ると近そうなんだが、実際はパルテノン神殿は見えるものの最寄り駅では
なさそうだ。とは言え、近くに蚤の市なんかがあったりして楽しそうな場所ではあった。
3号線と2号線を乗り継いで最寄りのアクロポリ駅まで行く。
こちらはさすがに最寄り駅だけあった、案内看板も充実してスムーズに
たどり着くことができた。
パルテノン神殿の入場料は12オイロとなかなか高額...のはずが
どーゆー訳か「本日無料」とのことで、タダで入ることができたw

さすがのパルテノン神殿は世界屈指の観光地だけあって、世界各地から観光客が訪れ
さながら人種の坩堝のような感じ。
アジア系で日本人は見かけず中国人ばかりだが、とにかく人が沢山いる場所であった。
残念ながら神殿は至る所で絶賛工事中で、情緒も何もあったもんじゃないんだが
それでもここから一望するアテネ市内に一見の価値があることは間違いないし
これだけの巨石をこの丘の上に持ち上げた古代の人々の苦労たるや
そりゃ神様もお住まいになりますわなw と言った風情である。
そして、急な階段が沢山あってさらに足元が大理石で非常に滑りやすくなっているわけだが、
白人のお姉ちゃんのホットパンツの裾からちらちらのぞくおぱんつに気を取られていて
あっとゆーまにすっころびそうになったのでかなり危険な場所だなと思った。

それから神殿裏の小高い丘に登ってみる。こっちは観光客はぐっと少なくなるが
ソクラテスが最後に毒を呷って死んだ牢屋があって、かなり有名なエピソードの
現場なのに、どうしてみなここに来ないのだろうと不思議である。
途中犬に吠え立てられながら頂上まで登ってみる。正直ここからであれば
パルテノン神殿と Pirares が一望できるので来る価値はあると思うのだが
やっぱりパルテノン神殿に比べるとぐっと人は少ない。いつでも無料なのに。
ゆるい坂道を下って Monastriraki に向かう。
途中は地の土産物屋台が沢山あって歩いていて飽きない。
結局、Monastriraki ではなくて、隣の Thissio の駅から地下鉄に乗る。

地下鉄は Victoria の駅で降りて、国立考古学博物館に行ってみる。
途中腹が減ったので、駅近くのカフェでサンドイッチをバカでかいチョコドーナツ
食べる。サンドイッチは潰して焼いたのが出てきたw
軽く食べるつもりだったが、結構しっかり食べてしまった。
少し迷って Pedion Areos 公園に寄ってから国立考古学博物館にたどり着く。
やっぱりここも無料だった。「サモトラケのニケ」ってここだったかなーwと
軽い考えで来たがここには居なかったw
代わりに、何かどっかで見たような彫刻群が沢山あってかなりの見どころであることは
そっち方面にはまったく知識のないひでのふでもなんとなくわかるものであった。

勇気をもってトロリーバスの3号線に乗り、リカヴィトス劇場に行ってみようと思った。
アテにしていた路線図は車内に無くて少しアセるが、地図とにらめっこしながら
乗っていたら、とりあえず現在位置を見失わずに運よく Evangelismos 駅に着いた。
着く直前にたまたま軍事博物館を見つけたのでそっちに行くことに変更。
ここも普段は有料のようだがやはり無料。中には制服姿の軍人さんがいて萌えw
展示内容はマケドニアのファランクスから現代兵器まで幅広く扱っているが
やっぱりギリシャの独立戦争と、イタリアとドイツの侵略を大きく扱っている。
ここだけ見るとイタリアとドイツを撃退したようにも見えなくもないのが
やはり国立ってことなんだろうと思った。

そろそろ時間が無くなってきたので、地下鉄でホテルに戻り荷物を拾う。
戻る前に早めの晩御飯ってことで、最後に近くのアラブ系の軽食屋で
子羊のつくねとサラダを頼む。英語なんか通じなかったが、まあどうにかなったw
地下鉄の Omonia 駅までえっちらおっちら荷物を引いて行き
空港行の切符を買ってクソ混んでいる地下鉄に乗る。
乗換駅で降りるときに、ケツのポケットを引っ張られた感覚があったので
これはスリか?と思ったが、結局ポケットに入っていたのは使い古しの切符だけで
それすら盗まれておらずホッとする。
さらに空港行の電車に乗り換える。乗り込むときには人が沢山いて
乗り切れなかったらイヤだなと思ったが、来た電車は空いていたので大丈夫だった。
列車は地上区間に出るとぐっとスピードがでる。
ここでふと左前のズボンのポケットに手を突っ込んでみると、
あるはずの25ユーロが無くなってしまっている...
一緒のポケットに入っていたコインの袋とクレカは無事だったので
落としてしまったのかも知れないが最後の緊急資金としてとっておいたので焦る。

空港には出発2時間前には到着。電車で到着した乗客は必ず車道を渡らされる
アフォな作りの国際空港にこの国のダメさ加減がにじみ出ている。
最終的なラゲージの重さは23kg。もっとワイン買えばよかったw
とりあえず手持ちの現金がコインしかないので水も買えないのが辛いが我慢して過ごす。
ヒコーキは何かトラブルがあったようで出発時間になってようやく搭乗が始まる始末。
同乗する日本人ツアーのおばあちゃんたちは、あまり遅れは気にならないようだ。
機内では喉が渇いていたのでレモネードを2杯も飲ませてもらった。
アテネ発のヒコーキは出発も到着も30分ぐらい遅延したが
イスタンブールの乗り換えで免税店による程度の余裕はあったので、
免税店でラキとアブサンとロクムを仕入れて帰りのヒコーキに乗る。

最後のヒコーキは残念ながら隣はアジア系ノルウェー人のおばちゃんで、
日本語は解さないようだ。離陸前にすちゅわ姉さんが席変わって貰えませんかと、
そのおばちゃんとひでのふのところにきた。一枚はどうもビジネスシート
っぽかったのだがもう一枚が羽の上の窓側とあまりよくない良くない席で、
おばちゃんとひでのふと両方いっぺん代わらないとダメとのことなので、
席の変更はしなかった。
ヒコーキは昼間を通過して夜日本に到着するような感じなるのだが
せっかくの窓側なのに窓のブラインドを上げられないようだったので
仕方なく寝て過ごした。どっちにしろねむたかったしねぇ。
機内食は2回出たが、どちらもナスを避けるためにチキンを頼んだ。
2回目の時はもう喉の渇きも収まっていたのでラキを頂く。

成田には定時に到着。帰りはほんのちょっとだけ奮発してスカイアクセス線経由。
浅草に行くと言う白人二人組がホームで迷っていたので「高砂で乗り換えだよ」と
教えてあげたのだが、彼らは高砂で降りず、青砥でも見かけなかった。
結局家に着いたのは10時過ぎ。やっぱり成田は遠いねぇ。


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【2015/05/08】 オリゼーとアルバニア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
あおぞら家族ベストヒット 2015/4
・2015年4月29日刊 聖教新聞より引用

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【2015/05/10】 あおぞら家族 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
アルミフレームで棚作り その6
しばらく続きを書かずにお蔵入りしてしまっていましたが...
完成まで書いたのでぼちぼち公開します。

【棚板はどうなのさ その1】

棚板をどうしようかなあとはとても悩みました。
コストの問題から合板以外の選択肢はあり得なかったのですが
カッコ良く仕上げるにはどーすりゃいいのかってことを悩みました。

単に合板を切ってペンキ塗って終了だとダサいことこの上ありません。
とゆーことで、棚ごとに異なる色の紙を貼ることにしました。

そして次に悩んだのが貼った紙をどうやって補強するか。
厚紙のような紙自体に強度があるものでも、表面に傷がつくのは避けられません。

で、試しに紙に
→ 木工用ボンドを塗ったもの
→ ポリビニルアルコール(パズル糊)を塗ったもの
→ 油性ニスを塗ったもの

を用意して確認してみました。

結果は、あんまり良好じゃありませんでしたw

木工用ボンドはそもそも水に弱いので、あまり露出する部分には使いたくなく
掃除するときに濡れ雑巾が使えないのはよろしくありません。

期待のポリビニルアルコールも、乾いた後に水を垂らすと
やっぱりその部分が溶けてしまうので、使い物になりませんでした。

さすがに油性ニスは撥水性と紙の強化はばっちりだったのですが
やっぱりコストと施工性、なにより紙にシミができてしまうので
こちらも断念しました。

仕方がないので、いつものように紙の上からラミネートして補強することに。

何を作るのかがはっきりすれば、何をするのかも自ずと決まってきます。

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【2015/05/19】 工作 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
アルミフレームで棚作り その7
【棚板はどうなのさ その2】

タント紙を使って棚板の仕上げをする手順をまとめるとこんな感じ。

棚板の表に両面テープを貼る。
 ↓
棚板の表にタント紙を貼る。
 ↓
貼ったタント紙を棚板の形に合わせて切る。
 ↓
棚板の脇にタント紙を貼る。
 ↓
棚板の表をラミネートする。
 ↓
棚板の裏にタント紙を貼る。

最初に、タント紙を大まかな棚板の大きさに合わせて切り
それを両面テープを貼った棚板の表に貼ります。
タント紙に皺ができないよう、慎重にね!

次にタント紙を棚板の形に合わせて切ります。

CIMG3287.jpg









ちゃんとのりしろ部分も残して切りましょう。

CIMG3288.jpg









棚板の表面部分はともかく、棚板の横は一つ一つの面積が小さいので
木工用ボンドで貼って行っても大丈夫です。

CIMG3289.jpg









大丈夫と言っても、貼り終わったらスチームアイロンでギューギュー圧着しますw

CIMG3290.jpg









この時のコツとしては
・高温でやらない。下手すると木工用ボンドがコゲます。
・紙からはみ出した木工用ボンドは、濡れ雑巾で厳密に拭き取ります。
・アイロンのソール部分に着いてしまった木工用ボンドも、
きれいな濡れタオルで厳密に拭き取ります。


まあ、なんにせよ火傷には注意してね...

そしていつも通り棚板の表面をラミネートしていきます。
ただ、ラミネートがカタくて微細な加工が困難なので
最初から棚の柱に当たる部分はラミネートしていません。

CIMG3291.jpg









この時のコツとしては、やっぱり高温ではやらないこと。
ラミネート縮むよ...

最後に棚板の裏側もタント紙で隠します。
棚板の裏側はラミネートはしません。
棚板の裏側に貼るタント紙は、棚板より少し大きめに切っておきます。

CIMG3292.jpg









で、棚板の裏側は両面テープを使わず、木工用ボンドを使って貼ります。
これもやっぱりコツがあって。
・ボンドはタント紙に塗る
・ボンドを塗ってからすぐには貼らず、ボンドがタント紙にしみ込んで
タント紙が縮むのを少し待つ。

・縮む方向を手で少し調整してやって、片方向にくるっと丸まるようにする。

CIMG3293.jpg









こうすると皺が寄りにくくなるよーです。

これも棚板の裏にタント紙を貼った後は、アイロンで圧着します。

CIMG3294.jpg









ボンドが乾いたらカッターで余ったタント紙を切り落としてやれば完成です!

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【2015/05/20】 工作 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
我が家の家計 2015/5
今月の増加分:-27541
今までの増加:671645
車の減価償却引当て:1560000
内240000を引き出し、210400 を東京電力に投資(平均175.33)

今月のマイナスはアルバニア行きの航空券代100Kによるものです。
それでもこんなもんで済んでいるのは、端的に先月卸しておいた現金が
いつもより多めだったのと
今年のGWはガッツリ仕事で、お金を使うイベントが無かったからだと思います。

来月のカード払いは旅行費用がガッツリ乗ってきたり
甥っ子への進学祝い費用と定期代があるので
27万円とかなりお高くなっておりますw

来月は...行動を控えめにしないと...

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【2015/05/24】 家計 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
今月の屑株 2015/5
今月は以下の銘柄を購入

テイツー を 55円で 200株

テイツーは「古本市場」なるFC店を展開する古本屋の総元締めです。
実際はFC店はホトンド無くて、直営店がメインではありますが。

業態としてはブッコフと同じよーな感じなんですが
パッと見おかしな評判や経営状況を見つけることはできませんでした。
競業他社の一つなんですが、ちゅたやが大株主にいたり
ちゅたやのFCを経営していたりと、ちゅたやとは協力関係になっています。

問題は、単に近年の経営状況が悪いってだけ。

屑株にありがちなステキエピソードがまったくないので
どうにも文面を埋めるのに苦労する銘柄ですw

前年度までは配当があったものの、今年度からは無配です。
どうも高配当目当てに買っていた人が多かったようで
そのウリの配当が無くなってしまったのが今の株価になった原因なのかもしれません。

今後の見通しなんですが、やっぱり

黒字回復 → 復配

を為し得るかどーかと言ったところです。

屑株には珍しく利益剰余がプラスで、かつ赤字後のシュリンクが少なく
1単位に配当年間 200 円以上出していた頃と店舗数はホトンド変わりません。
とはいえ、ここ数年の退潮傾向に歯止めを掛けられたわけではないので
見通しは暗いと言わざるを得ません。
この地合いでPBRが1倍を切る株価がそれを裏付けています。


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【2015/05/28】 屑株 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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