思い出し旅行記 オリゼーとアルバニア 4/13 世界遺産に泊まるの巻

朝飯はホテルの朝食。アルバニアはカッテージチーズがうまい。
パンも大きくてゴマの風味が効いててこれもうまい。朝食の後は少し町を散歩。
海までは遠いかなと思っていたのだけれど、意外と近かった。
少し海岸線に出るまで戸惑ってしまったが、独立広場の横の方から行くことができた。
波も景色も穏やかな瀬戸内のような風景だ。

海岸線から戻る途中にマクドナルドのパチモンである Kolonat を発見。
昔は完全にロゴがマクドナルドのパクリだったのだが、Durres で見かけた店には
それがなく、ようやく Vlore で見つけたのでうれしくなって写真を撮る。
ついでに店に入ってペプシを頼む。160Lek なので相当お高い店とゆーことなのだ!
ペプシを受け取るときに少しこぼして、驚いて少し大きな声を出してしまったら
横の扉から男店員がすっ飛んできたw
そしてこぼしたペプシはすぐに注ぎなおしてくれた。やっぱり高い店だw

ホテルに戻り荷物を取ってバス乗り場へ。めんどいのでタクシーを呼んでもらう。
運ちゃんが 300 と言いかけたところをホテルのおじいちゃんが 400 と言いなおした
ので、400Lek になっちまう...
Berat 行のバスはすぐに見つかった。乗客はそれほど乗っていなかったけれど
バスはそれほど待たずに出発。
途中、Fier に寄って、昨日 Vlore 行の Furgon を捕まえた向かいに止まる。

Fier までは高速道路を使って順調に進んだのだけれど
Fier から先は結構な悪路。途中石油掘ってるところを見かける。
バスは Berat 大学から少し離れた幹線道路上に止まり、ひでのふだけを下ろした。
バスはこの先もしばらく走るようだ。
とりあえずトイレに行きたくなったので、近くのカフェでエスプレッソ。
ドッピオ!」ってゆったらちゃんと通じてなんか嬉しい。
今日から泊まる予定の Nonaj House は予約をしておらず飛び込みだw
しかも、宿の場所をきちんと把握していない状況だ。

とりあえず荷物を引っ張って Mangalem 地区に向かっていると
ヤサ男風だが虫歯だらけのガキと、もう1匹別のガキがしつこく着いてくる。
ガキは地の人とも親しげに話しをしているが、英語でしゃべりかけてくる時点で
すっごく怪しいので超アヤシイのであまり相手にしないが
何人か別の大人の助けを借りて、辛うじて宿にたどり着く。

しかし、宿は予約が無いと門にカギが掛かっていて中に入れないw
たまたま通りすがりのおっちゃんが、宿の人とコンタクトを取ってくれて
ようやく中に入れた。ガキはカネをよこせと言ってきたが
宿の人にキツく言われてどこかに逃げて行ってしまった。
盗まれたものもなさそうで、一安心。

宿の人の名前は Papi。還暦を過ぎたあたりのおじいちゃんである。
宿は完全に Papi おじいちゃんの自宅であり、中は清潔に保たれているけれど
建物自体は世界遺産の一部である。Papi おじいちゃんは建物の中を色々と
説明してくれる。中世そのままの文化が現在に息づいている。
Papi おじいちゃんは宿の準備を急いで行い、ウェルカムドリンクとして
トルココーヒーを一杯淹れてくれる。さっきまでガキの相手をしつつ
重い荷物を担いでウロウロしていたのでほっと一息つく。

部屋に荷物を置いて町に出かける。
まずは町の散策。共産趣味の建物が良い感じに残っている。
ハラが減っていたことを思い出し、適当なピザ屋でピザを食う。
全部入りと主張する Lemi と言うピザとカプチーノを頼む。
カプチーノはクリームがたっぷり乗ったすっごいのが出てきたw
ピザは焼き上がるまで 20分以上は掛かったかw
これまたデカいピザが出てきたので、耳は食べずに残す。

次に町にあるはずのワイナリーを探すがみつからない...
とっとと諦めて Gorica 地区に行ってみることに。
まずは Berat 島のすっごい長い坂をずんずん登っていくが、
いくら登っても終点が見えず、行っても何もなさそうだったので途中で引き返す。
しかし、かなり高い場所まで登ることができたので、町を一望することができた。
こんな長い坂なのに、アルバニアの人はあまり車を使わず、みんな歩いている。

Gorica 地区を歩いていると、対岸の山の中腹に教会が見えたので行ってみることに。
道は間違えなかったが、かなりの階段を登る必要があってちょっとキたw
残念ながら門にカギが掛かっていて教会の中には入れなかった。
一旦宿に戻るが、門にカギが掛かっていて入れない。
事前に電話番号を確認してあったので Papi おじいちゃんに電話してみるが
英語が通じないのでどーにもならなかったw
渡されてあった部屋のカギに、複数のカギがついていたことを思い出し
そのうちの一つで門のカギを開けることができて、無事中に入ることができた。

夜になるまで部屋で時間を潰し、暗くなってから晩飯を食べに出かける。
Gorica 地区のオープンエアの良い感じのレストランがあったのでそこにする。
メニューを見てみると、昨日 Vlore で見た謎どうぶつを示すであろう「I PJEKUR」の
文字を見つけたのでさっそく頼んでみる。何のことは無い。正体は子羊でしたとさw
肉自体に味はついていなかったので、塩とオリーブオイルを掛けて食べる。
ビールは Tirana 。なんか地ビールみたいな感じの味わいでおいしい。
グリーンサラダはなぜか長ネギがはいっていた。
こんだけ食って 1000Lek ちょっと。やっぱり外食は安い。

その後夜の町を探索する。ワイナリーは見つからなかったけれど
スーパーで Berat 産のワインを売っていたので5本で 3000Lek 分買い込む。
ついでにジュース 70Lek と、別の店でプリンアラモード 50Lek を買って宿へ。
宿に戻ると Papi は自分の家に戻ってしまっている。
常夜灯だけではちょっと暗くて、家の段差で躓いてしまったw
シャワーが香港式なのはちょっといただけないが、洗濯してから寝る。

【アルバニアの鉄道について一言】

荒廃の一途をたどり明日をも知れぬアルバニア国鉄。
乗りに行くなら今がチャンスかもしれないぞっ!

▼ 運休区間ついて
Durres - Tirana 間と、南部の Fier - Vlore 間は絶賛運休中です。
Durres - Tirana 間は一応空港鉄道としての開発をやる予定になってはいるみたい
ですが、掛け声だけで現地の進捗があるようには見えませんでした。
また、Fier - Vlore 間の運休はアルバニア語の公式ページにさえ言及がありませんが
間違いなく動いていません。荒廃も進んでいるのでこのまま無くなるものかと。

▼ ダイヤについて
旅客ダイヤは公式ホームページの内容が正確です。
時刻表のことはアルバニア語では「Orari i trenave」と書くようです。

時刻表に Vlore 行と書いてあるのは、実際には Fier 止まりです。
また、Elbasan 6:00 発の Durres 行と、Durres 15:10 発の Elbasan 行は
実際に動いているかどうかは確認していません。
他の列車はすべて運行されていました。

ダイヤは概ね正確です。遅延もありませんでした。
それもそのはず列車の速度は遅いうえに列車の行き違いが無いので
遅れる要素が少ないです。

Vlore(実際は Fier) - Librazhd 間の列車は存在しているわけではなくて
実際は Rrogozhinë 駅で乗換えが必要です。
乗換えは車掌さんに言っておけば多分教えてくれると思いますw

▼ 切符の買い方について
始発駅では、出発前から切符が売られています。
全席自由で、始発駅から乗っていれば座れないと言うことは無いでしょう。
ただし窓が割れていない席を確保しようと思うのであれば
出発 30分前には駅についているようにした方が良いでしょう。

▼ 乗車中について
超おっかないおばちゃん車掌がいるので、車内の治安に問題はありません。
Durres と Rrogozhinë 駅以外では水すら買うことはできません
もちろん車内販売なんかあるわけないw
ので、飲み物と食べ物は持参してから乗った方が良いでしょう。

トイレは一応あります。もちろん垂れ流し式w 便座?あるわけないw

車内に電気の通う設備は一切ありません。
車内放送は言うに及ばず、ドアは手動、室内灯、冷暖房はもちろん扇風機も!
窓は開いたままの窓と開かない窓があるので、
雨の日や夏冬の厳しい季節に乗りに行くことはまったくお勧めできませんw

かつてアルバニアの代名詞であった「欧州の北朝鮮」と言う言葉
今ではアルバニアのどこでもそれを実感することはできませんが
鉄道だけは相変わらず北朝鮮してますよ!

【2015/05/01】 オリゼーとアルバニア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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