思い出し旅行記 ママンとアンコールワット 11/30 彼は私のお父さんですの巻
今日もまた朝から葬式。ビサールの話では三日は続けてやらないと言っていたのに。
昨日は夜に雨が降ったようで、地面が濡れていた。
朝飯は日本食をチョイス。なんと米がジャポニカ米!鯖の味噌煮には骨がない!
このホテルの日本食へのプライドはハンパないことだけは確かだ。

今日は9時から観光最終日。まずは東メボン方面へ。
ここは昨日行ったバコンと同じくピラミッド状の遺跡だ。しかし、遺跡の中心街から
少し離れているせいか、カンヴォジア名物汚職警官が警察バッジを1000円
買わないかと誘ってくる。
遺跡の上からは近所で椰子の葉を採取する農民と地平線が見える。

それから近道をしてバンテアイ・スレイに向かう。トゥクトゥクは舗装されていない
細い道を進む。道すがらリアル農民の家の前を通るが、中には日本の家よりもずっと
立派な家がいくつも見受けることができた。家が立派な理由をビサールに尋ねると
最近土地取引が自由化されたせいで、少し土地を売って立派な家を建てる農民が
多いとのこと。このへんの事情は日本と似通っていてなかなか興味深い。

バンテアイ・スレイはスイスが直したとかってことで、とても綺麗に整備されている。
トイレは今まで見た中では一番綺麗で立派だ。
遺跡に向かう参道で、近所の農民がジャックフルーツを売っていたので買ってみる。
1$分買ったが、正直多すぎて半分以上は棄ててしまった。食えないことはないのだが
正直沢山食べるとかなり飽きる味だ。手もべたべたになった。
遺跡に向かう途中、遠くで物乞いを追い出す声が聞こえた。
例の汚職警官は、どうもこのような明らかな物乞いを排除する役目があるようだ。

バンテアイ・スレイは確かに他の遺跡と色合いが違う。
例の東洋のモナリザは、他のアプサラとそれほど変わらないように思えた。
バンテアイ・スレイに併設されている博物館で、発見当時の写真を見る。
写真を見ると、よくぞここまで修復したなと感心する。
博物館から出るときにはサインと感想を書かされるが、
ママンはすべて日本語で書いていた。

昼飯はバンテアイ・スレイに併設されている食堂街で食べる。
ママンはベジタブルカレー。ひでのふはアモック・トゥレイを食べる。
飲み物はママンはミルクティーでひでのふはミックスシェイクを注文。しめて13$。
アモック・トゥレイはなんとココナッツの殻に入って出てきた。最初はとても美味しく
感じたのだが、いかんせん量が多すぎで正直飽きたので残してしまう。
ママンもハラの調子が悪いとかで、やはり残してしまう。
そして今日も料理が出てくるまで30分以上待たされる。
これがカンヴォジアクオリティか。

次は地雷博物館へ。小火器ばかりだがソヴィエト製の萌え兵器が沢山置いてある。
まあ、展示は正直しょぼい。半分寄付のつもりで入る。二人で4$。
中にはポルポト派を処断するシアヌーク殿下とフンセン首相の絵があった。
ビサールに話を聞くと、フンセンはもう15年首相をやったが、あと10年はやるで
あろうと言っていた。ひでのふ的にも開発独裁はとてもうまく回っていると思う。
そして日本語の地雷博物館の説明DVDがあると言うので見せてもらうと、
なんと世界バリバリバリューの放送を録画したものを延々見せられた。
こんなのに時間をとられてしまうのは非常にシャクなのだが、
館長アキ・ラー氏の生き様には心の底から感心するのでよしとする。
あれだけ沢山の地雷を、原始的な装備で除去し続けているのだ。誰が真似できようか?

次は東バライの湖が見える遺跡に行く。ママンは遺跡より湖の方が凄いと言っている。
ここに屯する土産売りのコドモはやる気があったりなかったりだ。
ミャンマーのように生活がかかっている風は全く無く、遊びの延長に見える。
ビサールはそのうちの一人を近くの売店に水を買いに走らせていた。
なるほどそういう使い方もあるのかと感心する。

次はタ・ソムへ行く。ガイドブックには必ずある、タ・ソム東側の塔門を覆う木の
実物は、やはり凄い。塔門の奥ではまだオムツも外れていないような2歳ぐらいの
ロリが一生懸命ポストカードを売っている。英中韓日全てのコトバの売り文句と
数字を、拙い言葉で喋って売っている。正直これは反則だと思ったので買わなかった。

最後はプリア・カン。ヒンズー教と仏教がまざりあっていてとても興味深い。
参道の灯篭からは、すべての仏像が削り取られていたのだが、一箇所だけ削られて
いない箇所があった。そこに人における信教の意気込みを見た思いだ。
遺跡は一箇所だけ完全に様式が異なる丸い柱の遺跡があるのが不思議だった。
ビサールの話によると、クメール王朝の硬貨がエジプトあたりでも発見されており
当時は貿易で潤っていたクメール王朝が、ヨーロッパ方面の文化の影響を受けても
不思議ではないと言う事を教えてくれた。
アプサラのレリーフも他の遺跡と比べると様式が異なる感じがした。
遺跡をめぐる途中の道でカマキリが交尾していたのでみんなで見入る。
すでに一匹の雄が雌に食われていた。諸行無常。
最後にアンコールトムとアンコールワットの脇を通っておしまい。
本当は夕日を見に行く予定だったのだが、結構雲が出ていたのでパスする。
みんな疲れていたのでそこまで余裕がなかったってのもあるかもしれない。

ホテルに戻ると、今日もまだ絶賛葬儀中でうるさい。
ひでのふは速攻洗濯物を取りに仕立て屋に向かう。
洗濯物は二日分の下着一式を出してたったの 3000R と激安はいいのだが、
ホテルに戻って包みを開けてみると、靴下が片一方無くなっていた
そしてママンはビサールに日本の教科書を送る約束をしていた。
ビサールは20歳の時に小学校の先生、24からタクシーのドライバー
27から日本語ガイドを始めたとのことで、日本語は独力で覚えたそう。大した男だ。
ちなみにまだ30歳のビサールだが、干支を聞いたママンは42歳だと思ったそうだ。
確かにちょっとふけている。そしてまだ独身なんだそうだ。

今日も部屋で少し休んでから、ホテルの無料トゥクトゥクでスープドラゴンに向かう。
2Fなら冷房かなと思ったがそれは甘い考えだったw
まずはハッピーアワーで一杯1.5$の白のグラスワインで乾杯。
ママンはシーフードスペシャルなソムロー。ひでのふはロクロクとカンヴォジアン
アペタイザーを頼む。このおつまみは小エビのから揚げ、カシューナッツ、ラッキョウ
瓜の酢漬けの盛り合わせだった。エビはまんまカップヌードルに入っているエビの味。
ラッキョウと酢漬けはあまり好きじゃないのでちょっと失敗だった。
ソムローは普通にうまい。ママンはハラが痛いので丁度よかったと嬉しそうだ。
ロクロクもうまいが、一緒についてきた生ライムを搾ったすっぱいソースをつけて
食べるとなおさらうまい。
ウエイターがオリゼーに興味を示したので、
「She is my mother. and He is my father」
とか言ってやったら軽くウケていた。
近くの店をひやかして見ると、どこもハッピーアワーでビール0.5$で、何かの
ツマミが0.5$とか食事1$とか。ホントにガイジン向けの観光地かと
目を疑うほどの激安っぷりである。

帰りに昨日捕まったロータリーのロリの店に行く。水とコーラで1$。
ママンは用意していた折り紙のボールをロリとその兄弟に渡す。
折り鶴には興味を示さないコドモもボールには興味を示して遊ぶ。ママンもご満悦だ。
ホテルに戻り今日も一泳ぎしたあと、リゾート気分を満喫するためにママンを
プールサイドのバーに誘うが、ママンの仕度が遅すぎて結局行けずじまい。
そしてママンが昨日買ったオレンジを食べるが、あまりおいしくはなかった。
ネットを使いに行くと中国人が先客としていたので、英語で話しかけプレッシャーを
与えるとなぜか無言のまま、すぐに席を空けてくれたw
寝る前に日記を書いてから寝る。


【2010/12/19】 ママンとアンコール | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
思い出し旅行記 ママンとアンコールワット 12/1 スピードボートで癒されるの巻
朝は5時半起き、プノンペン行きのスピードボートの迎えが6時過ぎってことなので
急いで朝飯を食ってピックアップを待つ。しかし6時を廻っても迎えが来ない
ホテルの人が心配してくれてスピードボートのオフィスに電話を掛けてくれる。
何でもとりあえず来るまで待てとのことなので大人しく待つ。結局迎えが来たのは
7時過ぎとかカンヴォジア時間にも程がある。ホテルの人に重々お礼を言って去る。
ひでのふ一行を乗せたピックアップのバスは、それから2件ほど別のホテルに
立ち寄ったが誰も乗らず、結局我々がピックアップバスの最後の乗客になった。
30分程バスが走ると桟橋に着く。桟橋は割りと新しい建物で、隣にもう一棟建物を
建てていた。乾季は乗り場からスピードボートまで、ボッタクリ小舟で乗客を運ぶと
いう噂があったが、そんなものはなく、普通に桟橋からスピードボートに乗船。
桟橋の周りには朝食売りのお姉ちゃん達が沢山いるので、
朝食に困ることもないようだ。

スピードボートは我々乗せたらすぐに出発した。乗船率は4割といったところか。
クーラーは予想通り効き過ぎていたので、ママンもひでのふも少し着込む。
乗客のホトンドは白人で、カンヴォジア人はお母さんとそのコドモだけだった。
出発から30分ぐらいは水上集落を見ることができ、ガイジン慣れしている集落の
人々はボートに向かって手を振ってくれるのが心地よい。
それから先はずっと水平線が続き、しばらくしたらさすがに飽きたので一眠り。
小一時間経った後に舳先の方へビデオを撮りに行くと、油断しきった白人の姉ちゃんが
襟口からオパーイ丸出し状態で寛いでいたのでじっくり観賞させてもらうw
まあブラはしていたのでティクヴィーまで見えたわけではないのだが。
その様子を見ていた別の白人姉ちゃんが、襟口を上げろと注意していた。

居づらくなったので舳先の右舷側に回ると、今度はオーストリア人のおっさんと
仲良くなる。おっさんは奥さんと娘を連れているそうで、
丁度そこにママンが現れたので軽く紹介してやる。
おっさんは日本もかなり回ったようで、中野に行ったと言うので一体中野に何をしに
行ったのかと聞くと、中野ではなくて長野オリンピックを見に行ったのだそうだ。
ママンはそのあと、おっさんに折り紙を進呈していた。
しばらくしてもう一度舳先に行くと、今度は別の油断しきった白人姉ちゃんが
パンテーラ状態でねっころがっていた。
その様子を見たママンは「白人さんは大胆ねぇ」と感想を漏らしていた。
一方ひでのふはそれらの様子をヴィデオで撮影する度胸はなかった。

しばらくするとどこかの街で船は止まり、カンヴォジア人親子はそこで降りていった。
段々水平線が途切れ始め、完全に川になった後で段々街が開ける様子がわかる。
そしてこの川に最初にかかっている橋をくぐるとプノンペンに着いた。
結局5時間半ぐらいかかったが、ボートは全く揺れずに快適だった。
ママンはひでのふの目が赤いと言い出し、
それからひでのふはなんとなく目に違和感を覚えるようになる。

ボートが到着すると早速ポーターが勝手にひでのふの荷物を運びはじめ、
やはり船着場で今日の獲物を探しているトゥクトゥク運転手に捕まる。
ポーターは1$と言うので、まあ税金かなと思い快く支払うが、トゥクトゥクは
ホテルまで5$とか言い出すので3$までまけさせる。それでも高いと思うが。
ホテルは少し入り組んだ路地を入ったところにあるのだが、トゥクトゥクはちゃんと
ホテルの前まで行かなかったのもちょっとむかつく。
ホテルは普通の家のような玄関を開けると、そこには別世界が広がっていた。
このサプライズ感は悪くない。ホテル到着は14時で、早速チェックインすると
ウェルカムドリンクのライムジュースを持ってきてくれる。
丁度喉が渇いていたのでこれはありがたすぎるサービスだった。

荷を解き、早速サイゴン行きのバスの切符を買いに行く。手元にプノンペン市街の
地図が載っているガイドブックが無く、船に忘れてきてしまったようでガックリする。
とりあえずロビーでしょぼい市街地図を手に入れてから街に出る。
街をじっくり見てみたかったので、むずがるママンを連れ歩いて街を進む。
プノンペンの地図を頭の中に入れていたおかげもあり、バスの切符売り場には迷わず
到着する。日本で印字した予約票を見せ、軽くいくつか窓口をたらいまわしにされる。
窓口のお姉さんに「一番豪華なバスに乗りたいよ」と言うが、理解してもらえない。
おそらく全部同じバスと言うことなのだろう。切符は無事発行され、二人で18$。
どうも一番乗りだったようで、入口近くの一番前の席を陣取らせてもらった。

それからソリヤのデパートに行き、一番上の階のフードコートで昼飯にする。
ひでのふは謎の肉鍋麺 8000R を選択。フードコートの店にはどこもサンプルを
置いていてガイジンでも選択しやすいようになっているのはいいのだが、
サンプルと実物が別物とゆーのはとても困る。サンプルはかなり量が多く見えたのだが
実際は丁度一人前で、ママンと二人で分けて食べようと思っていたのに、
ママンに分けてあげられるほどの分量ではなかったので、ママンも別に昼飯を買いに
行かせる。ママンは結局ひでのふと同じ店で海鮮鍋麺を選んでいた。
ひでのふはそれとオレンジシェークを買う。4000R 。なぜか日本語が少し通じた。
逞しいお姉ちゃんがその場でオレンジを一生懸命絞ってくれる。
謎の肉鍋麺はそのまま食べるとやさしい味だが、唐辛子系の調味料を一通り入れて
みたらなかなか凶悪な味になったw
ママンはまだハラの調子が悪いようで、そのままで丁度よかったようだ。

飯の後はクーラーの効いたソリヤデパートの中をめぐることに。
ホテルにサンダルが無かったので買う。どうも値切りはできないようで9$。
タイ製のサンダルは高いだけあってなかなかの履き心地。他のサンダルも
10$以上する高いものが多く、やはり高級店ということなのだろうか。
ママンはえびちゅのお土産にサンダルと買おうとするものの、良い物はなかった。

それからプノンペン駅へ。なんと入口はシャットアウトされていた!
入口の門番を拝み倒して入れてもらおうと思うが、ニガ笑いするだけで結局入れて
もらえなかった。賄賂でも払ってみようかとも思ったが、
賄賂を寄越せってジェスチャーがなかったのでそれはしないでおいた。
塀の内側にある、貨車と客車が少しだけ見ることができたが不満は残る。
次は丸いドームのセントラルマーケットに向かうが、
17時で閉まってしまうようで中に入ることはできなかった。
帰りはトゥクトゥクで帰る。3$を2$に値切っても快く行ってくれる。
まだガイジン価格だろうがこのくらいなら十分許容範囲だ。

ホテルに戻るとガイドブックがあって一安心。晩飯はママンの要望で子牛の丸焼き
ではなく、シソワットキーのオサレな店に行くことに。
一番ハズレがないであろうと言うことでFCCプノンペンに行く。
眺めのよい窓際の席は、みな酒をちびちびやっている白人にすでに占領されている。
2Fはエアコンかなと思ったがやはりここも風の強すぎるファンだった。
ハズレは無いだろうというつもりで行ったのだが、実際は大ハズレで大変むかつく。
まずハッピーアワーと言う事でグラスワインを頼むが、
値段も半額だったが量も半分だった。ウエイトレスにはこちらの英語も通じなければ、
向こうの英語も何を言っているのかよくわからない。そのくせ英語もロクに使えない
非文明人とでも思っているような仏頂面で応対される。

ママンの頼んだ海鮮カレーは、旅行中に食べたカレーの中では一番うまかった。
ひでのふの頼んだチキンステーキも値段に見合う味だったが、
メインプレートなのにパンもライスも付いてこなかった。
パンを寄越せと言うと、しばらく放置された後催促してようやく持って来たかと思うと
隣のテーブルに持って行きやがった。もちろん別料金。
お勘定もなかなか人が来なく、よっぽど食い逃げしようかとも思った。
支払いもJCBで大丈夫かと聞いてから渡したのに、レジまで持って行ってから
やっぱり使えませんと言われる始末。アンケートがあったので怒りの叫をぶつける。
これで28.5$は絶対高いと思った。人種差別でもされたかと思ったが、日本に
帰ってからこの店の評判を調べると、白人連中でも似たような目に遭わされていた。
やはり窓際で酒をちびちびやるのがこの店の正しい利用方法だったようだ。

むかついたままシソワットキーをぶらつく。近くの屋台のジュース屋でスティングに
氷を入れて貰って飲む。2000R 。ジュース屋で働く兄弟を写真にとってやると
二人ともはにかんで笑うのでとてもなごむ。スティングはカキ氷シロップ(イチゴ味)
の炭酸割りだ。氷はたっぷり入っているのに全然冷たくならないのもポイントだ。
シソワットキーから独立記念塔方面を見ると、なんかライトアップされている風なので
そっちに向けて歩くが一向にたどり着かない。地図も持ってきていないので、
あとどれくらい歩けばいいのかもわからないので途中で諦めて帰ることにする。
帰る途中でちょっと暗い道を通り、話しかけてくるバイタクにビビる。帰り道、
ママンは生ごみが路上に放置されている街の汚さに軽くダメージを受けていた。
今日もプールで一泳ぎ。目に少し違和感があったので顔はつけずに泳ぐ。
そして日記書いて寝る。



【2010/12/20】 ママンとアンコール | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
思い出し旅行記 ママンとアンコールワット 12/2 子牛の丸焼きを食べるの巻
朝起きるとまだ目に違和感があったが、随分軽くなっていた。
目やにはかなり多く出ていた。今日はそれほど気合を入れて観光するつもりはなかった
ので、朝はゆっくりのつもりだったが結局8時に朝飯。
パパイヤジュースとフルーツは良いが、メインのパンが暖かくないのがイマイチか。

ホテルの前で屯しているトゥクトゥクで、まずはトゥールスレン博物館へ。2$。
博物館へは修学旅行生が次々と入っていったので、それにまぎれて入り込んで
しまったが呼び止められてちゃんとカネ払わされたw。二人で4$。
トゥールスレンはまずは左手のA棟からじっくり見て回るが、
ママンは1階の時点で簡単にくじけて木陰のベンチで待つと言う。
旧政府高官が拷問されるのに使われたと言うベッドはそれぞれに意匠があり、
趣向が凝らされているのが興味深い。
もちろん写真ではマットなしで直接拘束具で鉄のフレームに括り付けられているが。
2階と3階の部屋は、1階の部屋が広くなっただけでそれほど見所はない。
もちろんその部屋で撮られた死体写真はちゃんと展示されているのだが。

B棟はクメール・ルージュの構成員であるコドモと犠牲者の写真が展示されている。
いくつかの写真は同じ写真で水増しされているようだ。構成員の写真にも犠牲者の
写真にも、えび柿と同じぐらいの年頃の女の子がいるのはショッキングだった。
C棟は一般犠牲者用の独房。狭くて暗い。一体トイレをどうしていたのかとても
気になる作りで、収容したらトイレに行く間もなく粛清されたから問題なかったって
話だったりするのだろうか?

D棟は犠牲者の骸骨や拷問具の展示。
拷問具は拘束具以外は、専用の道具がないのが共産主義風ってことなのだろうか?
剣スコップで顔を刺すのは漫画の世界だけだと思っていた。
骸骨には致命傷となった箇所を解説するプレートがあり、生々しい。
クメール・ルージュ構成員の生き残りのインタビューもこれまた興味深い。
映画も上映していたようだが、さすがにこれはママンが待つので諦める。
喉が渇いたので館内でコーラを求めるが、1$と言われたので諦める。
トイレは紙はないがおけつシャワー付きで清潔だった。また、B棟裏手に
新しいトイレを建設中の様子が伺えた。

次はトゥクトゥクでオルセーマーケットへ。2$。当然のようにキリングフィールドは
行かないのかと言われるが、ママンが嫌がるので諦める。
オルセーマーケットは3Fまであってセントラルマーケットより品揃え豊富。
しかし、日用品だの肉だの魚だの生きた鶏だの、観光客には関係ないものが多く、
結局コーラ 2000R を買っただけだった。
ママンはカステラ 1000R とヤシ砂糖 1500R を初めて自分で買って喜んでいた。
本屋で本でも買おうかとも思ったが、食指が伸びなかった。

そこから歩いてセントラルマーケットに向かう。ガイドブックによれば途中にあるはず
のレストランがなかったので、別の鴨肉麺屋に入る。1杯 9000R でちとお高い。
調子こいて調味料のプリッキヌーを一本齧ったら後で下痢した。
セントラルマーケットでは入ってすぐの店でカンヴォジアンゼリー 2000R を速攻買う。
中に入ると宝石屋ばかりであまり興味を引くものはなかったが、
その奥で靴下を発見したので、片方無くして使えなくなった靴下の補充をする。2000R 。
昨日のソリヤ百貨店でも靴下だけ売っておらず難儀したのだが、
カンヴォジアでは靴下は靴屋で売られるもののようだ。

次に昨日ソリヤ百貨店で買ったサンダルを発見した。ここでは7$で売られており
ショック。ママンはここでえびちゅのお土産にサンダルを買っていた。7$。
さらに奥でうまそうなサトウキビジュース屋があったので買う。2000R 。
カンヴォジアのはタイのに比べるとちょっと高い分、オレンジと氷がしっかり入って
いるのでカンヴォジアの方がうまい。さらにカンヴォジアスイーツも売られていたので
買う。2000R 。ナタデココ風の寒天にココナツミルクと氷が入っていてうまい。
お土産屋の一角では、ママンがシェムリアップで買ったのと同じ象の財布が売られて
いて、言い値1$が立ち去るとすぐに半額になってしまう。
親子で経営するお菓子屋でカンヴォジア飴を買うと二袋で5$と言われる。
ここまでボッタクリがなかったので、油断してついこの値段で買ってしまう。
トイレの出口にある洗い場でコドモを丸ごと洗っているお母さんを見た。

またトゥクトゥクにのって国立博物館へ。2$。国立博物館は二人で6$。
ちなみにビサールが言うには、博物館の展示物はプノンペンより
シェムリアップの方が充実していると言っていたが。
傍若無人な白人も、なぜかここでは写真を撮っていない。
よく見てみるとなぜか写真を撮影するなら別料金と言う看板がある。
博物館の中では係員が花を配って寄付を強制していた。1回 2000R。
これは1回だけかと思っていたら、途中で何度も出てくるので2回目からは無視した。
展示物はアンコール遺跡ではあまり見かけなかった彫像が、ここには沢山ある。
弥生時代っぽい土器の展示や、近代の王室関係の遺物も展示されている。
結構疲れたので、敷地の中のコーヒーショップでひでのふはコーラを、
ママンはミルクコーヒーを頼んで一休み。各自1$づつ。
市中より 2000R 高いのはどうも椅子代ってことのようだ。

次は王宮とシルバーパゴダへ。入場料6.25$は現地の物価水準から考えれば
激高だが、クメール人にとってのワット・プラケオみたいな場所なので仕方がない。
薄着のガイジンはさらに5$程度で布を買わされている。
モギリの係員に日本語のガイドを勧められたが、これはいらないかなと思って断る。
中に入ると綺麗な花を咲かせる木があって、これが印象的。
まずキンピカリンの即位殿。ここの奥からは王宮が見え、赤い絨毯が敷かれ
数人のSPがウロチョロしている様子が伺えたが、残念ながらVIPを拝むことは
できなかった。

次はシルバーパゴダへ。ママンは帽子を取らずに中に入り係員に注意を受けていた。
そしてシルバーなのにここもキンピカリン。ここは外周の壁一面にラーマーヤナが
描かれているのだが、あまりに長すぎて全部見ることはできなかった。
ママンは敷地内の植物が珍しいと言って興味深く観察しているようだ。
シルバーパゴダ内には塔が4つあるのだが、どれも仏教式やヒンズー教式など
様式がそれぞれに異なるのも興味深い。
敷地の外側はちょっとした博物館になっていて、
今の王様の即位式を説明するためだけに別の棟が新設されていた。
他にもアンコールトムで行われた王室始耕祭の様子がビデオで流されていたり
王室関係の遺物は博物館よりずっと充実した展示を見ることができた。
帰りは疲れたのでホテルまでトゥクトゥクでサクッと帰る。近いので1$。

晩飯は昨日見つけておいた、ホテルから近い場所の子牛の丸焼き屋にする。
国立博物館へ行くトゥクトゥクから見かけたときに、
新しい子牛の死体を串刺しにしている様子が見えた店を選んだ。
丸焼き屋は英語がホトンド通じないが、値段が書いてない英語のメニューが出てきた。
どうもオカマの店長だけは少し英語を話すようだ。
とりあえず丸焼きを2皿と、ご飯と生野菜とビールを頼んだ。
丸焼きは一皿に優に 400g は盛られていて、ご丁寧に肉の下には野菜もあった。
ひでのふ二人なら丁度いいが、飯を残すのに躊躇しないママンと一緒では多すぎた。
それでもママンにも少し無理して食わせてなんとか肉だけは全部食べた。
ウェイトレスの一人が我々を気に入ってくれたようで、何かと面倒を見てくれて
助かった。ただし、後から持ってきてくれたスペシャルなタレは不味かったが。
肉は脂肪の少ない肉なのだが、子牛なので柔らかくとても食べやすかった。
これだけ食べて12.5$で、その上なぜか12$にまけてくれた。
メニューに値段は書いていなかったが、結局ボッタくられることはなかったようだ。
帰りがけに雑貨屋で明日の朝飯のために、ママンがクラッカーとお菓子を買っていた。
合わせて1$。

ホテルに戻ってから、カンヴォジア最後の夜とゆーことで、ママンとホテルのバーで
一杯ずつ飲むことに。隣がはにぃだったらもっとよかったんだが。
ひでのふはB52。ママンはコーラを注文。カクテルを作るときにバーテンの姉ちゃん
がウォトカの内蓋が開かない開かないと色々頑張っていた。結局誰も開けることが
できなかったのでひでのふに貸してもらうと、何のことはない、最初から内蓋には
小さな穴が開いておりひでのふの手はウオトカで濡れてしまい、みんなで大笑いした。
B52はカルアミルクみたいな甘いカクテルなのだが、ウォトカが効いてとても強い。
残念ながら火はついていなかったが。ママンはコーラを飲むのは数年ぶりと言う。
ここでもオリゼーお父さん説を披露するが、あまり反応がなかった。
ママンはまたハラが痛いと言って先に部屋に戻って行った。

また今日もプールでひと泳ぎする。部屋のシャワーを浴びたらママンがひでのふの分の
バスタオルまで洗濯で無断で消費していやがったので取りに行かせる。
そして蚊を沢山殺してからゆっくり寝る。


【2010/12/22】 ママンとアンコール | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
思い出し旅行記 ママンとアンコールワット 12/3 またヴェトナムでしてやられるの巻
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夜は色々あって何度も目が覚めてしまった。それでも5時半には起きて仕度。
ママンにも少しよい服を着るよう指示してそのようにしてもらう。
フロントは6時から営業なので6時にチェックアウトすると、
なぜか送迎車に乗せられた。ソリヤトランスポートに行くのか?と言うも、
何か要領を得ない。時間は押し気味だったが出発。
しかしなぜかバスターミナルは通り過ぎ、空港へ向かっているではないか!
気が付いたところでちょっと待って!と言ってバスターミナルへ向かってもらう。
どうも別の中国人ご一行の仲間だと勘違いされていたようだ。
それでも無事バスターミナルまで送り届けてもらう。
思いがけずトゥクトゥク代が浮いたw

バスターミナルでは早朝にも関わらずパン屋が営業していたのでパンを2つ買う。
4500R。一つは栗餡のクリームコロネで、クリームがちょっとおいしくない。
バスはクーラーもリクライニングもちゃんと効くしっかりしたバス。
案内の兄ちゃんの英語も聞き取りやすい。
少し年季は入っているが、半日程度の移動であれば全く苦にならないレベルだ。
バスは定刻の10分遅れ程度で出発。橋を渡りプノンペンを出てしばらく進むと
未舗装と言うか、工事中の道路をしばらく通ることになった。
これがかなりのガタガタ道でスピードも上がらず、かつてカンヴォジアを旅行するには
全てこんな道だったのであれば、かなり大変だったんだなあと思った。
ガタガタ道が終わると、今度はフェリーに乗換えである。フェリーにはバス、トラック
車バイク人間だけでなく、なんと現役で使われている馬車まで乗せて運行している。
途中の街では大き目のバイクがボートを荷台に改造したものを引く、屋根なしの
トゥクトゥクをみた。おそらくバスが通えない離村に行くのに使われるのだろう。
フェリーを降りるとそれからは快適な道を進む。途中メコンエクスプレスの
日本製バスにあっさり抜かれ、GSTのバスともしばらくデットヒートを繰り返して
いたが、結局置き去りにされてしまった。

国境の手前の食堂で停止し、案内の兄ちゃんが国境越えの手続をしている間に
我々は昼飯を食べるというわけだ。無料かと思ったがあまり欲張らず取ったのだが
結局有料だった。おかず3皿とご飯二人前で5$はちょっと高いと思う。
カンヴォジアの出国はガイジンが写真を撮られただけで終了。2枚目のヴィザは
使わなかった。それからまたバスにのって少し先のヴェトナムの国境へ。
ここではロシア人ツアーに釣られてイミグレをパスしてしまった。
しかし、イミグレの裏側で所在無く待っていたら、入国スタンプが押された
我々のパスポートがちゃんと帰ってきた。ベトナム入国時に一応荷物検査と金属物検査
があるが、どちらもザルだ。ゲートがビービー鳴っていてもお構いなしである。

バスの終点はファングーラオ通りだった。そこで勧められるままタクシーにのる。
タクシーは安全と言われる MAI LINH グループのタクシーに良く似たタクシーで
事前交渉も何も無しにメーターを使い始めたので、まあ同じなんだろうと思った。
3年前にホーチミンに来たときは、このタクシーでえらい大変な思いをしたので
3年でヴェトナムも随分よくなったんだなあと安心していたが、

ぜんぜんまったくそんなことはなかった!

メーターは改造メーターで、米弗払いは出来ないからと銀行で両替している数分
あいだに、どういうことか 200000 VND から 600000 VND に上がっている。
そして最初はフレンドリーだったドライバーも付いた途端無口になり、
ホテルの前までちゃんと送っていかず、人通りの少ないところで降ろされた。
結局メーター通りに支払わざるを得なかった。トランクには荷物が積んであったので
降りて逃げると言う選択肢が取れなかったのだ。
ここまでキレイにボッタクリを決められたのは、実に10余年前に韓国の慶州で
4000円のバカ高い陶器の湯飲みを買わされて以来なのであった。
カンヴォジアでは、話しかけてくるドライヴァーも別にボッタくらないので
まったく警戒していなかったのだが、ここはヴェトナムだ!と強く思い知らされた。

仕方ないので少し歩いて例の川沿いの適当なホテルにチェックインする。そして
我々がVIPだとわかると、すぐに18階のVIP専用レセプションに案内される。
少しよい服を着たのは、このときの対応があるだろうと思ったからなのであった。
レセプションの姉ちゃんはヴェトナムなまりの強い英語を話すので、
何を言っているのかよくわからない。クレジットカードをレディーカーと言われても
何のことやらさっぱりである。
反面、ひでのふの日本なまりの英語も分かりにくいようだ。

非常に苦労したがなんとかチェックインする。
そしてVIP専用クラブラウンジで一服。ぱすこんがあったのでヤギ鍋屋を探すが
ことごとくポルノチェックにひっかかり全然探すことができなかった。
仕方がないのでフロントでヤギ鍋のおいしい店を教えてもらい、住所を書いた紙を
くれた。これをタクシーに見せれば行けるとのこと。ついでに明日の予定として、
クチトンネルとカオダイ教のツアーを申し込む。ホテル内のツアー会社だと、
なんと一人89$も取られるのだが、外のツアー会社で一人 350000VND のツアーを
紹介してくれたので申し込む。

部屋はシティービューとは言うが完全にウォールビューでそれほど広くはない。
アメニティはなぜか液体石鹸が超充実しているが、歯ブラシと髭剃りがない。
一旦部屋で着替えたあと空港行きのバス停を探しに、ホテル前のロータリーを
ぐるぐる回る。2周してみつからないところでママンがブーブー言い出したので
仕方なくホテルで教えてもらった。ホテル近くのバス停からは、3年前と違い空港
行きの152番のバスはもうでていないようなので、一旦1番のバスでベンタインの
ターミナルまで向かう。二人で8000 VND。
さすがにベンタインのターミナルからは152番のバスが出ていることを確認した。

次にターミナル前のベンタイン市場へ。ママンはバイクの洪水にビビっている。
何も買うつもりはなかったのだが、思わずヴェトナムのブルーマウンテン「ダラット」
の豆があったので買ってしまう。1kg で 600000 VND。ちなみに普通の豆の3倍である。
ついでにTシャツ 30000VND も買ってしまう。3年前と違い、半分ぐらいの店で値札を
付けて商売をしているので、交渉がいらずとても快適な買い物だった。
レロイ通りを歩いて国営百貨店に行く途中でタンタンのパチもんTシャツが露店で
売られていたので思わず買い求めてしまう。露店のおばちゃんは最初 60000VND と
強気の値段を出してきたが、40000VND で落ち着かせた。しかし、100000 VND札で
お釣りを貰おうとすると、50000VND しか出してこないのがベトコンのやり方だ。
結局そこからなんとか 5000VND 取り返したが、とても後味が悪い。
国営百貨店は相変わらずの先進国仕様で快適である。勝手知ったるなんとやらで
ママンにもクロークで荷物を預けさせて店内へ。ここではコドモへのお土産として
ヴェトナムゼリーと、高級ニョクマムと、喉が渇いていたのでジュースを買った。

そこからタクシーでヤギ鍋の店へ。タクシー代 28000VND 。最初入った時は時間が
少し早いこともあり席に余裕があったが、しばらくするとすぐ満席になった。
英語のメニューもなく、英語も通じない店だが辛うじて「らういぇー」だけは通じて
他は何を言っているのかわからなかったので、同じヤギ鍋を食べてるテーブルを指差し
なんとか意思疎通に成功する。もちろん「ばーばーばー」はばっちり通じた。
しばらくするとヤギ鍋が出てきた。ついでに謎肉3皿と麺2種類と野菜がたっぷり。
店のおっちゃんが色々面倒を見てくれたが、無愛想なのでなんとなく急かされている
感じもしないでもない。結局日本の鍋のように、締めの麺が最後とかいったルールは
無いようで、好きなものを鍋にぶち込んで、煮えたら食べればよいらしい。
ヤギ肉はホトンド臭みはなく、ママンもこれはうまいとばくばく食べている。
暑いホーチミンで熱い鍋をばくばく食べていたら、二人とも汗びっしょりになった。
氷入りの333をぐーっと飲み干し、腹いっぱい食べて 220000VND。

帰りもかったるいのでタクシー。48000VND。タクシーを探す間にサイゴンツーリストの
タクシーが声を掛けてきたが普通に無視する。ホテルに戻りママンはすぐにシャワー。
ひでのふはVIP専用プールへ行った。プールはしばらく居たら貸切になった。
プールからの夜景が凄いから見て来いとママンを行かせると、ママンは他の日本人に
声をかけて少し喋ってきたようだ。なんでもこんな旅慣れていなさそうなママンが
ツアーでなく一人でこのVIP専用プールにいたのにびっくりされたらしい。
寝る前にまたVIP専用ラウンジに行ってワイングラスを傾ける。
もちろん貧乏人が多く住む2区行きのフェリーを眺めながら
「ふっ...愚民どもめ...」VIP専用のセリフをつぶやくことも忘れない。
ワインの提供は9時半で終了するとのことなので、みな最後の一杯を一斉に取りに
くるのは、あんまりVIPらしくないかもしれないが。
そして、ママンはひでのふが歯を磨いているときに掛かって来た電話に、
完璧な日本語で応答していたw
用事はツアー会社に支払いが完了したのでレシートを持ってきてくれたのであった。

【2010/12/23】 ママンとアンコール | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
思い出し旅行記 ママンとアンコールワット 12/4 生涯最悪の下痢腹をかかえるの巻
今日はツアーなのでちょっと早起きする。朝飯はクラブラウンジで頂く。
ひでのふはウェスタン風をしっかりチョイス。ママンは果物だけだが
赤いピーマンのような見慣れない果物をチョイスしていた。
一口頂いてみたが、あまり味気のあるものではなかった。
7:45に部屋にお迎えを知らせる電話が掛かってくるとのことだったが
かかってこない。お迎えの電話が着たら5階に移動せよとのことだったが、
5階にも誰も居ない。18階のレセプションで訳を話し、すでにホテル前に
バスが来ていることを確認する。無事バスにのると、まずは旅行会社に向けて行く。
そこで今日のツアーに向かうバスに乗り換えることになった。
ママンはここで水を買っていた。5000VND。
ちなみに旅行会社で両替したほうが少しレートがよいようだ。
そして今日参加するツアーの値段がたったの6$であったことを知る。

バスは8時過ぎには出発する。ガイドの兄ちゃんはゆっくりした英語で話して
くれるのでとてもわかりやすい。一通り演説が終わったあと思わず一眠り。
起きたらまずは障害者が働く手工芸品の店へ。お土産屋で売られている手工芸品は
どうもここで作られているものが多いようだ。ひでのふは下痢気味だったのでまず
トイレへ。ママンに色々言い含め、自分へのお土産として貝のブローチを買っていた。
25$。そしてガイドの兄ちゃんは店からマージンを貰っていた。
ママンが貝のブローチを買うとき、両手首のないおっさんがクレカの売上票を
器用にめくり分けている様子が印象的だった。

片道4時間かけてようやくカオダイ教の寺院に到着。片道4時間かかった割には
観光時間が40分しかない。ひでのふはまず即トイレ。なんか熱っぽい。
その間ママンは一人で寺院内を見学し、一旦行方不明になってちょっと焦る。
12時丁度からカオダイ教の礼拝が始まる。ガイドの話では白い服は一般信徒で
色つきの服を着るじいちゃん達が幹部であるとのこと。礼拝の時に顔の前で手を組み、
組んだ手を横に動かして左目を見せる仕草が印象的だ。寺院内にはヴェトナム風の
音楽が演奏され、それに併せて賛美歌が歌われながら儀式が進む。
残念ながら時間的制約もあるので礼拝を最後まで見ることはできなかった。
そして出発前にもまたトイレ。かなりやばい

そこからバスで少し移動して食堂へ行く。ひでのふはエビラーメン。ママンは
チキンスープを頼む。我々は注文量が少なかったらしく、揚げ春巻きも出てきた。
残念ながら下痢がきつくて食欲がまったくないのでホトンド残してしまう。
ママンは味が薄くてマズいと言ってこれまた残していた。
ツアーには昼食代も含まれていたようで、食事代は支払わなかったのだが、
他の連中はビールだのジュースだの頼んだ分の別料金を支払っていた。
ひでのふも水を一本もらっていたのだが、何故かお金は取られなかった。
食堂でも着いてすぐトイレ。そして出発前にもトイレ。さらに熱っぽくなってきた。
幸いにも菊穴に強烈な圧力がかかる緊急事態になるようなことはなく、出したい時に
いつでも出せる状態で「これがスカトロ男優なら重宝されただろうなぁ」と、
女の人も見ているこのブログではとても書けないようなことを考えながらバスは進む。

バスは裏道を猛スピードで突っ走る。ヴェトナムのいいところは裏道でもちゃんと
舗装がされているところだ。ママンが車窓から「大麻が生えてる!」と言っているが
パパイヤかも知れないと言っている。ひでのふにも大麻に見えなくもない草が
生えているように見えたが、ひでのふは実物を見たことがないのでよくわからない。
一時間半ぐらいでクチトンネルに到着。他の連中は全員入場券を買わされていたが
我々の分は支払ったツアー代に含まれていた。6$のツアーに 350000 VND と言うのは、
ホテルの手数料と送迎料とトンネル入場料と全て含まれているからこの値段なのだろうと
理解した。クチトンネルはもっとしょぼい場所かと思っていたが、
ベトコンの戦いっぷりを人民に教えるための施設になっていて
ヴェトナム戦争のゲリラ戦を体系的に解説する見所の多い場所だった。
正直あんな狭くて暗くて暑い穴蔵に入ってベトコンぶち殺してこいって言われた
ジャーヘッドに気狂いが続出したのもわかる気がする。
色々なブービートラップやクソ長いトンネルも、殺傷効果と言うより、
モチベーション減少の効果の方がずっと高いと思った。

場内の一番奥には軍の射撃訓練場があり、そこではガイジンでもカネさえ払えば
AK-47をぶっぱなせるとゆーステキ施設があった。ツアーに一人で参加している
メリケン人が挑戦していた。射撃場の脇のお土産屋では発射音に驚いた小さなコドモが
泣いているようだ。ひでのふも撃ちたかったが熱でもうグロッキー。
もはや写真を撮影する気力すらない。気分はビルマを転進する日本兵だ。
それでも根性で最後にあるトンネルはくぐった。なぜかトンネル出口で同じツアーの
スペイン人姉ちゃんのグループに写真を撮られたw
中国人の若者軍団のはっちゃけ振りはツアー全体のムードメーカになっている。
そんな中でひでのふは、ついにトイレで米のとぎ汁状の物体が排出されるようになり
「コレラとかまじやべー」とかなりブルーになっている。

さらに2時間かけてホテルへ。しかしガイドは我々を市民劇場の近くで降ろし、ホテル
まで5分ほど歩かされた。とりあえず全員にさよならを言ってなごやかに別れる。
軽く迷うが昨日ホテル近くをさまよったお陰でちょっと遠回り程度でホテルに着く。
本当はこの後わざわざ日本から持ってきたVIP専用スーツに着替え、
ホテルのVIP専用レストランでVIP専用晩飯を食べ、VIP専用ラウンジで
一杯引っ掛けた後、最後はVIP専用のプールサイドでグラス片手に
またまた「くっ...愚民どもめ...」とVIP専用セリフをつぶやく予定が

全部パー。

仕方がないのでママンはラウンジに行って晩飯を食べてもらう。ひでのふはその間
ぱすこんで自分の状況を調べる。コレラなら体温はむしろ下がり、下痢も
1日10リットルぐらい出るってことから、コレラではないようで一安心する。
コレラでないとして、潜伏期間で逆算するとおそらく昨日の

氷入り333一気飲み

が原因なんだろうなあと、うすうす思う。
喉が渇いていたのでコーラ一気飲み。トイレはすぐそばにあるから問題ない。
グロッキーなひでのふは荷造りから洗濯まで全部ママンにやってもらう。
腰が痛いと言えばマッサージもしてくれたし、喉が渇いたと言えばラウンジから
ライムを2切れほど失敬してきてくれた。一切れ床に落として台無しにするのも
ママンらしいが。そしてライムジュースを水で割ったものを飲んだが、
これがカラダが痺れるほどうまかった。お陰でグロッキーがかなり改善された。
ホテルから体温計を借りるべく電話する。英語で「clinical thermometer」をくれと
言ってみるも全く通じない。すぐに日本人オペレータに代わってくれたので
無事体温計を借りることができた。水銀の体温計なんで何年ぶりに見ただろうか?
体温を測ると38.8℃。飯はホトンド食べていないのにおなかは空かない
入れているよりも出ていくほうが多い状態だが経験的にこーゆーのはダイエットには
ならないことを知っている。日記を書く余裕もなく寝る。

【2010/12/24】 ママンとアンコール | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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